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1987年8月18日

保護観察処分



  毎日、新聞を読む。毎日、いくつもの事件を知る。
  南カリフォルニアに住む者ならこの頃、フリーウェイ発砲事件の記事が目に入らない日はない。六月十八日に最初の発砲事件が起こってから昨日までの発生件数はX件、死者の数はX人などと、記事は毎日数字を積み重ねていく。新たな事件が数字を大きくしていく。
  こうした数字の一つひとつが統計資料にくわえられて、やがて大きな犯罪統計ができあがっていくことになる。

  先日、司法省統計局から一つの統計報告があった。一九八五年にロサンジェルス郡を含む全米二十八の郡の州裁判所で有罪となった犯罪者がいったいどのような刑に処されたのかを調査して、その結果を報告したものだ。
  この調査の対象となった犯罪は麻薬取引、窃盗、家宅侵入、暴行傷害、強盗、婦女暴行、殺人の七種類。−−身近で起こってほしくない、遭遇したくも犯したくもない犯罪がずらりと並んでいる。
  統計数字を読んでみると…。
  麻薬取引−約五年、窃盗−約四年、家宅侵入−五年半、暴行傷害−七年、強盗−約九年、婦女暴行−十三年強とある。−−年数は、有期の服役刑に処された犯罪者の平均刑期だ
  殺人の場合では、有罪評決を受けた犯罪者の二五%は終身刑を受けており、そのほかの有期刑に処された者の平均刑期は約十六年となっている。


  一国の刑罰の体系を重いものにするか軽いものにするかを決めるのは容易なことではないと思われる。政治、社会、経済、宗教、文化など、ありとあらゆる要素が吟味考慮されて決定されるはずだからだ。
  とはいえ、ここに並べられた平均刑期は、それだけ見れば、特に異存も不満もないものに見える。重すぎるとも軽すぎる言い切れない刑期になっているような気がする。
  もちろん、処罰に対する考え方は、国と国とで異なるように、皆が同じというわけにはいかないだろう。一人ひとりの生活背景が違うのだから、刑罰に対する考え方が人によって異なるのは仕方がないことだ。

  だが、この司法省統計局の報告には、どうしても首を傾げてしまう個所がある。
  たとえば、麻薬取引で有罪となった犯罪者への処分を見るとこうなっている。−−一九八五年の有期服役囚の平均刑期は約五年。全米二十八郡の州裁判所で一万六千四百人が有罪となり、そのうち二七%が拘置所、六%が刑務所に収監されている。三四%は刑務所収監と保護観察を組み合わせて刑を受けている。
  さて、ここからが問題だ。残りの三三%の犯罪者はいったいどんな刑に服したのか。−−拘置所にも刑務所にも入れられることなく保護観察処分を受けただけだ。
  婦女暴行でも一六%は保護観察処分だけで終わっている。殺人罪で八%がそうだ。
  ここに挙げられている七種類の犯罪全体では有罪評決を受けた者の二六%が一度も服役することなく、保護観察処分ですまされている。

  保護観察処分とは本来、犯罪の程度が軽微で、犯歴が浅く、犯人に改悛の情が著しいときに、社会復帰へのステップとして、教育的な見地から下される処分だったはずだが、実状はどうもそういうのもではないようだ。

  連邦政府や州政府の予算不足が原因で、拘置所や刑務所が超満員だそうだ。有罪者を収監する施設が全米でかなり足りないそうだ。
  たとえば刑務所不足という事実を糊塗するために保護観察処分が乱発されているとしたら−−。本来ならば刑務所入りがふさわしい人物が、入る施設がないばかりにただ町に戻されているとしたら−−。
  刑罰に対する考え方がどう異なっていても、そういう状況にはだれもが首を傾げるはずだ。

  ただでさえ、この国の犯罪検挙率はあまり芳しくないと言われている。そのことだけで市民は十分危険にさらされている。
  発表された数字を頭に入れながら、自分の周囲の安全度をもう一度見直してみる必要があるかもしれない。

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