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1987年11月5日

日米摩擦新時代



  1)四月−ハワイ/オアフ島の山林(ゴルフ場用地)=二〇億円(一三八〇万ドル) 2)六月−西独ボン郊外のギムニッヒ城=三〇億円(二〇七〇万ドル) 3)七月−ラスヴェガスのカシノつきホテル/デューンズ=二三七億円(一億五八六〇万ドル) 4)八月−サルバドール・ダリの油絵<地中海を眺めるガラ>=四億三〇〇〇万円(三〇〇万ドル) 5)その他
  1)〜5)の合計金額=三三〇億円(二億二七六〇万ドル)
  東京の秋葉原の<ミナミ電機>南学正夫社長の今年のある六か月間の買い物リストだそうだ(<週刊朝日>より)。為替レイト:一ドル=一四〇円台。

  一九七九年は全米でガソリン不足が起きた年だ。南カリフォルニアでは秋になってもなお、ガスステーションには給油を求める車の長い列ができていた。順を争っての喧嘩も多かった。それが殺人事件になったことさえあった。
  日本車の輸入は増加の一途をたどっていた。一九八〇年の新車販売台数のうちの、全米ではほとんど一五%、カリフォルニアでは二五%近くを日本車が占めていたはずだ。
  新車、中古車を問わず、人々は燃費のいい車を求めていた。一九八一〜八二年、ガソリンは一ガロンが一ドル五〇セント程度で売られていた(当時の為替レイト:一ドル=二五〇円台)。

  ホンダが米国生産の同社車を日本に輸出すると発表したのを追って、トヨタも右ハンドルのセリカ・コンヴァーティブルの日本向け輸出を決定した。さらに最近、米国マツダが同社製フォード車を日本で販売するというニュースを耳にした。
  日本企業による自動車輸出の方向が変わり始めている。微かな動きだが、円高あるいは為替不安定という“次の時代”を見通した日本の自動車産業のシフト転換がしたたかに進行しているのを感じる。

  ニューヨーク、シカゴ、ラスヴェガスそしてロサンジェルスなどで、日本の企業や個人による大型不動産、企業の買収がつづいている。
  1)スポーツ振興社 三六ホールのゴルフコース、二三面のテニスコートを持つ高級ホテル<ラコスタ・ホテル&スパ>(北サンディエゴ)=二億五〇〇〇万ドル 2)第一生命 <シティーコープ>社(ニューヨーク)の本社ビル二棟のうち、一棟の三分の二(二三階〜五九階)と、他の一棟の三分の一(七階〜三九階)=六億七〇〇〇万ドル 3)日本人投資家グループ(詳細未発表) <ビバリー・ヒルトンホテル>=一億ドル以上 4)日本企業(詳細未発表) <ロサンジェルス・ヒルトン&タワーズ>=一億七〇〇〇万ドル(年内買収予定) 5)三楽 ワイナリー<マーカム・ビンヤード>=価格不明 6)サッポロビール ワイナリー<サンクレメント・ヴィンヤーズ>(セントヘレナ)=五〇〇万ドル

  この六件は、この十月の初めの三週間に新聞紙上などでたまたま見かけた記事の紹介にすぎない。
  二十八日には、青木建設がテキサスの会社と共同してホテルチェイン<ウェスティンホテル>社(シアトル)を買収すると発表した。買収価格は一三億五〇〇〇万ドル(一九〇〇億円)だそうだ。

 ミナミ電機の南学社長はこう言っている。「考えてもみてください。日本は“異常な”地価高騰で、この秋葉原の表通りなんか一坪一億円ですよ。三〇坪買うカネで、外国では大きな城が買えちゃう。これからは海外で資産を増やすほうが得ですよ。日本じゃ採算がとれません」

  何かが変だ。
  ロサンジェルスの大ビルディングの三分の一がすでに日本企業の手に落ちているという。
  自動車業界が米国現地生産をなんとか軌道に乗せ、米国の対日輸出に少々貢献したところで、一方で日本が“異常経済”の対米輸出に励んでいる現状では、米国の対日感情の好転は当分なさそうだ。それどころか、<貿易摩擦>という言葉に代わって<買収摩擦>という新語が生まれそうな気配だ。

  「考えてみる」べきなのはいったいだれなのか。−−億単位の数字を眺めすぎたためだろうか、頭が混乱して、答えがすぐには出てこない。

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