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1987年12月15日

十二月の風邪



  十二月になると毎年決まって風邪をひく。日本にいてもカリフォルニアにいても同じだ。
  今年の風邪のひき方が例年よりも早かったのは、たぶん、十一月の長雨のせいだ。たっぷり二週間は降りつづいたのだから。
  十月初旬の異常な暑さで疲れの残った体に、しっとりと染み入るような冷たさがこたえた。カリフォルニアで太陽の光があんなに恋しかったことはない。
  笑われるかもしれない。…こんな−アメリカ東部に住む人なら<今日は暖かくて助かります>とでもあいさつし合いそうな−気温に泣き言を言っていては。

  南国のフィリピンでも、十二月はやはり風邪に悩まされていた。
  フィリピンの一番暑い頃といえば四月から五月にかけて。その暑さの盛りを過ぎるとやがて雨季の到来となる。
  マニラのテレビで初めて風邪薬のCMを見たのは、まだ暑さが残る、雨季にはほんの少し早すぎる頃だった。<夏風邪>という言葉を思い出したが、ホテルの部屋を通り過ぎていくマニラ湾から吹く風の温みからは、風邪のどんな症状も想像できなかった。

  九月に入ると何故か、マビニ通りなどの町の薬屋のカウンターの前が人で混み始めた。
  雨はほとんど毎日降りはしたものの、やむ間がないわけではなかった。もちろん、ときには晴れ間ものぞいた。厚い雲のあいだから差す日は、地上の温度を上げ、肌には、何度拭っても、汗がにじみ出た。それでも、太陽の光を見るのは嬉しいものだった。
  雨季の盛りにのぞく太陽をマニラ市民がありがたがっていたことは言うまでもない。女たちは井戸端会議に話を弾ませながら嬉々として洗濯に勤しんでいたし、人々が水を浴び体を洗うところを町のあちこちで見かけた。

  薬屋で列を作っている客の多くが−数錠ずつのばら売りで−風邪薬を求めていることを知ったのは十月だった。自分が風邪をひいて初めてそれに気づいたのだった。
  雲が厚い日の朝方などには気温が七〇度を下るようになっていた。
  テレビで初めて風邪薬のCMを見てから数か月後が経っていた。この時期には、太陽はたいがい、ほんの気休め程度にしか顔を出さないのだった。

  十二月になっても風邪は治らず、咳はますますひどくなった。むせかえるような咳に苦しみながら、この南の国での仕事を引き受けたのはたしか、日本の寒さを嫌ってのことでもあったのに、などと、きょうとよく似た泣きごとを並べていた。
  少しずつ晴れ間がのぞく時間が長くなっていくのが救いだった。…雨期明けはすぐそこまで来ていた。

  何年前だったか、一月半ばにグアムに遊びに行ったことがある。わずか三泊四日の滞在だったが、日がな一日、砂浜に寝転んで過ごした。あとで人に「年甲斐もなく」と言われたほど日焼けもした。真冬の日本に戻ってみると、たしかに、その日焼けぶりは普通ではなかった。どこか<これ見よがし>なところもあって、気恥ずかしかった。


グアム
(From:http://travel.mimo.com/w/info/be/gu0/gce/)

  だが、その年、体はすこぶる調子がよかった。グアムでの日光浴がとかったのだ、とひと知れず満足していた。

  この夏の南カリフォルニアはあまり暑くならなかった。太平洋の寒流に例年以上の勢いがあったものか、昼過ぎまでぐずぐずと雲がかかっている日が多かった。
  浴びた日の光の量と風邪とに相関関係が、さて、あるのかないのか。とにかく今年も十二月には風邪をひいてしまった。

  そういえば、以前母に言われたことがある。「人が一番忙しい年の暮れに罹る風邪は“贅沢病”に決まっている」
  なるほど、この説にもずいぶん思い当たる節がある。

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