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1988年1月12日

先入観



  日本人の自動車整備士Sさんと初めて一緒に食事にでかけた。去年のうちから誘われていたが、時間も気分のゆとりもないまま年を越し、やっと実現したものだ。

  先入観を持つなというのはたぶん無理な注文だ。人が何かに、だれかに触れれば、そこから感じ取るものがある。その接触が度重なって感じるところが濃くなったり、多様化したり、あるいは稀にかえって薄くなったりしながら、先入観がそれなりに固まっていく。
  一度の接触で先入観を固めてしまう人もいれば、自分が接触した相手、物、出来事のことがいつまでも把握できない人もいる。
  わずかな接触ですべてを理解した気になる人もいれば、十分接触したと見えるのに判断を避けたがる人もいる。
  新たな接触で自分の先入観が<正しかった>ことを改めて確認することもあれば、それが<間違っていた>ことに気づくこともある。

  ずいぶん前にUCリヴァーサイドで英語の勉強をしたことがある。六か月間の、いわゆる<語学留学>の体裁だった。英語をほんとうに学びたい人、できれば身につけたい人、どうでもいい人、まったく勉強する気のない人たちが世界各地から集まっていた。
  当時二百人以上いたUCRの<英語留学生>の内、半数以上が日本人だった。
  日本人学生たちは、当然なことに、それぞれに自分だけの個人的な背景を持ってそこに来ていた。同じように真剣に英語を勉強しようという人たちのあいだでさえ−似たような動機ということはあっても−まったく同じ考え同士の人はいなかった。
  ところが、それだけ多様性があったはずの日本人学生たちのあいだで、話がこの国のことになると、不思議なことに、よく意見が揃ってしまった。それも、ほとんどがこの国の<悪口>−というのが適当でなければ<批判>−だった。

  単純に、<他人>のことでは美点よりも欠点の方がよく目につく、ということだったのかもしれない。あるいは、<他人>の欠点をあげつらうことで<自分>の居心地をよくしたいという屈折した心理が、日本人学生たちを覆っていたのかもしれない。
  <批判>の声はリヴァーサイドに到着してまだ数週間という学生たちのあいだで最も大きかった。

  Sさんは自動車のメカニックだ。だから、Sさんが、たとえば<こっちの人たちは不器用で、知識が足りず、意欲もない…>などと話しだしても、静かに耳を傾けるつもりだった。<日本人メカニックは器用で、勉強熱心で、意欲的だ…>という先入観がSさんにあれば、食事中にそんな話が出ても仕方がないと思っていた。

  それが筆者の先入観だった。
  Sさんは日本の二級整備士と検査員の資格を持っている。整備士としてこれ以上の資格は取ろうとしても、もう存在しないそうだ。だが、Sさんは「そんな資格はこちらでは何の役にも立ちません」という。
  日本の<車検>制度が整備技術を程度の低いものにしている、というのがSさんの考えだ。「日本のディーラー系の整備工場の水準でも、こちらの普通のガス・ステーションに併設されている工場の技術には及ばないでしょう」とSさんはいう。日本の整備士は簡単な<車検>整備に追われているだけだし、その<車検>があるから中古車がまだ寿命があるうちに市場から姿を消してしまい、整備士は本物の修理を経験することがない、というわけだ。
  Sさんは<世界中の車が修理できるメカ>になりたいと考えているという。

  <車検>制度が日本の自動車産業を保護していることは疑いない。だが、この制度は、その裏ではどうやら、整備技術の向上を阻んでもいるらしい。

  もし、日本人が政府の保護なしには成り立たない産業・技術の実力を過信しているとしたら…。

  先入観にはどこか脆いところがあるものだ。

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