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1988年2月2日

デンキ・スタンド



  英語を学びに日本から来て間もない年若い友人がいる。少し前に車を買ったところだが、先日会ったら、これから<ギャス>を入れに行くところだという。ほう、早くも<ガソリン>ではなく<ギャス>ですか、と冷やかすと、この友人はニッコリ笑って「ええ、ギャス・スタンドに!」と答えてくれた。

  もう昔のことになる。いわゆる<電気自動車>なるものが開発されたとのニュースに触れて、九州の我が家では、皆がおおいに感心しながら、あれこれと話題に花を咲かせたことがあった。
  電気自動車が抱えている欠点についても、なんとか改善できないものかと、あたかもそれそれが科学者でもあるかのように、だが実は、もともとない知恵を絞って、論じ合ったものだった。
  欠点は三点あった。
  一つは、“満タン”状態にしても五〇キロメーターほどしか走ってくれない走行距離。他の一つは、“満タン”にするまで時間がかかりすぎることだった。最後の問題−と我が家で生意気にも結論づけたもの−は、バッテリーの重量が何しろ大きすぎることだった。

  この頃話題になっている<超電導>(電気抵抗がゼロになり電流が永久に流れつづける現象)物質などは、当時はまったく知られていなかったはずだ。だから、そんなことは頭にまるでなかったし、欠点改善の具体策ももちろん持ってはいなかったけれども、弟だけは電気自動車の将来に明るいものを見ていたようだった。…こんな話を皆にしたのだ。

  中学生時代にある理科の教師から興味深い話を聞いたことがある。この教師は戦時中にサツマイモを<電気を使って>蒸かしたことがあると言っていた。電熱器ではなかったし、鍋なども使わずに蒸かしたそうだ。どうやら、二つの電極のあいだにサツマイモを置き、それに電気を通すだけの簡単な装置だったらしいから、いま思えば、それは電子レンジ(マイクウェイヴ・オーヴン)の原始的なものだったに違いない。

  「戦時中か。時代が早すぎて、その先生は儲け損なったな」と、当時市場に現れたばかりで目の玉が飛び出るほど高価だった電子レンジを思い浮かべながら兄が感想をもらしたが、弟の方は、きっと、<いまに画期的な発明発見があって、電気自動車も、そのニ、三の欠点が解消される日が来るはずだ>と、<儲けそこなった先生>を懐かしく思い出しながら考えていたのかもしれない。

  「ばってんさい(ダケドモ)」とひどい佐賀弁で口を挟んだのは母だった。息子たちとその父親が電気自動車の将来について語り合っているあいだに、母はこんな疑問に頭を占領されていたらしい。普通語に翻訳して伝えると−。<ガソリンを入れるところはガソリン・スタンドでしょう。じゃあ、電気を入れるところは<デンキ・スタンド>かしら。…そうなると、勉強机の上の、既存の電気スタンドの運命は?>

  家族全員が思わず互いに目を見合わせ、それから皆で大笑いしてしまった。

  <一般に米国ではギャス・ステーション、英国ではペトロル・ステーションという。英米ともにフィリング・ステーション、サーヴィス・ステーションも使う>と<外来語・略語辞典>にあった。英米ではガソリン・スタンドは言うまでもなく、“ギャス・スタンド”もやはり使わないらしい。
  さて、自動車用の“デンキ・スタンド”の運命はどうなることやら。今後の超電導研究の成果に押されて、結局この世には出現せずに終わり、この言葉が将来の外来語辞典に載ることもないのかもしれない。
  
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