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1988年2月23日

ゴールデンステイト・フリーウェイ



  レンゲの野があった。菜の花が咲き乱れる斜面があった。
  広大な牧草地と牧場がどこまでもつづき、牛や馬、羊の群れが、丘の頂、小さな谷底であふれる陽光を浴びながら、静かに若草を食んでいた。
  手入れが行き届いた果樹園では、淡いピンクの花が樹木をおおって咲き誇っていた。
  いや、実際には、うっすらと霞に包まれた大地を耕すトラクターは不意に黒い排気を吹き出して、のどかな景色を台無しにして見せていたし、作業に向かう農夫たちを乗せたトラックもはでに土埃を巻き上げながら農道を走りすぎていたのだけれども…。

  とにもかくにも、フリーウェイ5の上から眺めたカリフォルニアの光景は、視界の限り、西も東も春まっ盛りだった。
  ワシントン誕生日がつづいた週末、妙に早い春の訪れに誘い出されるように、北に向かってゴールデンステイト・フリーウェイのドライヴを楽しむことにした。

  サンファナンド・ヴァレーを過ぎ、道路が上り勾配になり、フリーウェイ14との分岐点にさしかかる頃、少々齢を重ねた観もある、頼みの我が“愛車”に最初の試練が訪れた。エンジン音が異常に大きくなり、苦しげになり、やがて、もう息も絶えだえとでも言いたげに、車体までが震えだしたのだ。エンジン温度計の針が右へ右へと振れ始め、平地では達したこともない角度へと傾いていく−。
  <マジック・マウンテン>を左に見たかと思う間もなく、“愛車”はもっと大きな、二度目の試練に出遭うことになった。車の底も破れよとばかりにアクセルを踏みつけても、走行速度は下がるばかり。急勾配の、なんとも異常に長い上り坂がこれでもかと言わんばかりにつづく。思わず左右の斜線に目をやれば、他人の車はみなやけに元気−−というわけでもなさそうで、中にはやはり、坂を下り始めそうなものもある。そんな他人の“不運”を見て勇気づけられるという、かなり姑息な安堵を味わっているあいだに、“愛車”はなんとか峠を越えてくれた。
  峠の海抜高度は四〇〇〇フィート余り。辺りの山にはところどころに残雪があった。

  峠の下には春があった。
  霞、若草、土の匂い。
  フレスノへと連なるフリーウェイ99が分岐するところから、フリーウェイ5上のドライヴは、ほぼ北西に向かい、平坦地を時速65マイルで三時間ほど、ただ真っ直ぐ突っ走ることになる。

  ただただ春を満喫、とはいかなくなったのは、たぶん、進路の右てに、立派な護岸工事が施された水路が見え始めた頃からだ。水路はたっぷりと水をたたえ、整然とほぼ南北につづいている。
  途中で眺めた広大な農場、牧場、果樹園に人の手が加えられていないわけはなかったが、そのおおらかで、それこそ牧歌的な風景からは、人と人とがせめぎ合う政治や経済の世界を想像することなどまるでできなかったのに、このどこまでも人工的な水路は違っていた。空の青さを映す豊かな水の流れからは否応なく、農地の維持、拡大を求める、生々しいまでの“人間の意志”が見えてくるのだった。

  <そして>と感じないわけにはいかなかった。<広い広いアメリカのいたるところにこんな水路が造られているに違いない>

  牛肉、オレンジ−−。
  春の到来に誘われてのんきなドライヴに浮かれ出た筆者の目にも、農産物の輸入自由化を日本に迫るこの国の事情が−ちょうどこの日のように春霞がかかったようにではあるけれども−うっすらと見え始めてきたようだ。

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