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1988年4月5日

野球文化人類学



  「<やけに防衛本能が強い国だ>と日本の悪口を言った人がいる。自由貿易主義を賛美する経済学者、ミルトン・フリードマン博士だ」と書いた人がいる。日米プロ野球間の差異を描いて野球談義を比較文化人類学の高みまで引き上げた(?)<菊とバット>の著者、ロバート・ホワイティング氏だ。

  輸入規制の壁をつくって、日本が海外の自由競争から守っている物は数知れないが、特にひどいのは牛肉とオレンジだという。だが、できればそれにもう一つ、プロ野球をつけ加えてほしいものだ。日本人が他国の侵略に対してこれほどムキなる“国産品”がこの国民的スポーツのほかにあるだろうか。−−とホワイティング氏は言う。
  ラテン・アメリカからの選手をも貴重な戦力としている大リーグと違い、日本では昔からやたらと外国人選手を制限する。“国産品”の育成を奨励し、アメリカからの“もっと品質のいい輸入品”に“市場”を独占されないために、ぜひとも制限が必要なのだそうだ。少しぐらい“品質のいい輸入品”では、近頃の日本ではポジションを確保することさえあやしくなってきているのに、まだそんな寝ぼけたことを言っているのだ。−−と同氏は怒る。
  たしかに、日本はアメリカのような他民族国家ではない。英語を話さないメキシコ人ピッチャー、フェルナンド・ヴァレンズエラが全国的なアイドルになれたアメリカとは事情が違うのだ。ある大手日刊新聞が<われわれ日本のファンが本当に見たいのは、日本人のスターがカーンとホームランを飛ばすところであって、ガイジンのホームランではない…>と書いたことがある。日本人特有の島国根性と考えれば、この思想もにもなるほどとうなずける。だが、こういう排他主義こそが日本の野球を根本的にだめにしているのだ。−−と同氏の筆は鋭い。
  <自由競争が最良の製品を生む>という経済原則を野球に適用してみれば、“半鎖国”政策をとっている限り、いつまでたっても日本の野球は進歩しない、ということになる。−−と同氏は日本野球界の将来を悲観してもいる。
  オールスター戦の壁はどうだ。<外人選手には定員あり>だ。両リーグにたった二人ずつだ。いや、ほかにも“外人防止策”はある。はっきりとは明文化されていない壁(ノン・イクスプリシット・バリヤーズ)だ。中でも、マスコミの力がすごい。外人選手の場合、失敗はでかでかと取り上げるくせに、活躍したときにはお茶を濁して涼しい顔だ。昨年、年間MVPを選ぶ投票の際にスポーツ記者たちが見せた努力は、見ていて涙ぐましいほどだった。彼らは、得票上位からカタカナ選手を外そうと躍起になっていたのだ。−−と同氏は告発する。
  実際、たとえば一九八一年のパ・リーグMVPはホームラン四四本、打点一〇八、勝利打点一八の、首位打者にもなり、日本ハムを優勝に導いたソレイタではなく、リリーフエースの江夏豊だった。「もしソレイタが日本人だったら、MVPは彼のものだったろう」と日本ハムの関係者すら言っているというのに。−−と同氏は日本人の偏狭さを嘆く。
  さて、前出のフリードマン博士はこう締めくくっている。<もしあなたが保護貿易論者なら、あなたは自分自身を傷つけ、われわれをも傷つけていることになります。そのことにどんな利点がありましょうか>。日本の野球関係者もそろそろそんなふうに考え直す時期に来てはいないだろうか。−−と同氏は提言もする。

  ホワイティング氏が以上のような内容の一文を書いたのは昨日今日のことではない。一九八二年一月だ。同氏は最近の日米貿易摩擦など、とっくの昔にお見通しだったらしい。
  同氏によると、歴史家のジャック・バーンズは<アメリカの心を知りたいと思ったら、野球を研究してみることだ>と語っているそうだ。ホワイティング氏自身は<日本の心を知りたいと思ったら、野球を研究してみることだ>という信条の持ち主だと見える。
  なるほど、なるほど…。

  (ちくまぶっくす<ニッポン野球は永久に不滅です>R・ホワイティング著/松井みどり訳から)

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