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1988年4月7日

東芝機械事件



  米国が日本政府に対して、東芝の子会社である東芝機械がココムに違反してソ連へ金属工作機械を不正に輸出していた、と告げたのは一九八六年六月だった。
  仲介商社だった和光交易の元社員の内報が契機となっていた。
  それを受けて、警視庁がまず外国為替法違反容疑で東芝機械を捜査、同社が八二年十二月から八三年六月にかけて、ノルウェーのコングスベルグ社製の数値制御装置を組み込んだ九軸同時制御可能型の大型船舶推進用プロペラ切削加工機五台、さらに八五年五月にも、五軸同時制御可能型の同加工機を“発電機用と偽って”ソ連に不正輸出していたことが判明した。

  米国は、ソ連の原子力潜水艦のプロペラの消音化を助け、その探知を困難にするような工作機械の輸出は西側の安全保障体制を脅かす、と怒った。米議会では、東芝機械に対する大掛かりな制裁措置法案がいくつも提出された。東芝グループ全体に対する製品輸入禁止という制裁も提案された。
  これに対し、日本政府は田村通産相を渡米させ、釈明に努める一方、国会では外為法と外国貿易管理法の修正も行った。
  通産省は東芝機械に対し、一年間の対共産圏輸出禁止の行政処分を行い、警視庁は同社幹部を逮捕し、事件究明に乗り出した。また、外務省は対ソ輸出の仲介を行った伊藤忠と和光交易関係者へのソ連・東欧向けヴィザの発給を中止した。
  東芝自体は、グループ全体として、社会・共産主義圏への輸出の自己監視態勢を強化した。

  ココムは<対共産圏輸出統制委員会>の略称。一九四九年に、自由主義諸国の対共産圏戦略物資統制を目的としてパリに設けられた。NATO(北大西洋条約機構)の機関の一つだ。加盟国は十六か国。日本以外はすべてNATOの加盟国だ。
  統制の対象となる国は共産圏十二か国とキューバ、アフガニスタン。輸出が禁止されているのは、先端技術を中心に約一七〇品目に及んでいる。

  米上下両院協議会は先月三十一日、@東芝機械に対して三年間、滞米製品輸出を禁止するA親会社の東芝本社に対しても三年間、米政府との調達契約を禁止する−などという内容を(審議中の)包括貿易法案に盛り込むことを正式決定した。また、この不正輸出に伴う米国の損害に関して補償を求める権利を留保することが同法案に明記された。
  ノルウェーのコングスベルグ社にも東芝機械に対するのと同様の制裁が適用されることになった。
  レーガン大統領は一応、東芝本社を含めた制裁案には拒否権を行使する姿勢を見せているが、予断は許さない状況だ。

  日本では、宇野外相と田村通産相、東芝本社の青野社長が談話を発表した。要点は@ココムは参加各国が“主体的に”自国の対共産圏輸出を統制することを目的としているAココム違反はそれぞれの国の法律で裁くべきだB米両院協議会の決定は“他国の”法律違反に対して米国が制裁を科そうというもので不当だC東芝本社は何ら違反を犯してはいない−に整理される。

  なぜ“談話”の形だったのだろう。日本から聞こえてくる声には、不鮮明で的外れだという印象を受けることが少なくないが、今回の反応には、珍しく、“正論”の風格がある。ただの“談話”で終わらせるには惜しいぐらいだ。
  日本政府による東芝機械処罰が軽すぎるというような批判や、米国の損害を(それが明らかになった時点で)補償せよというような要求には正当性があるかもしれないが、米国がじかに同社に制裁を加えるというのは“友好国”に対して見せる態度ではないのではないだろうか。日本の“主体性”を無視しすぎてはいないだろうか。

  東芝機械のココム違反はどうやら明らかなようだ。だが、それにはそれなりの(米国が求めているもの以外の)責任の取らせ方があるはずだ。
  日米間の長年のコミュニケーション・トラブルがここに来て、最悪の形で表面化した、と言えるのかもしれない。

  日本が米国に向かって“正論”を“正論”として伝えられる関係は両国間にまだできあがっていないようだ。

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