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1988年6月13日

タイトル防衛



  その日の朝日新聞の見出しはこうだった。
  <井岡、きわどく防衛  最終回ダウン寸前  キャットワンチャイと分ける>
  日刊サンの方は<「疑惑」のおまけつき  井岡、ドロー、防衛  最終12Rは短かった>

  大阪で五日に行われた“日本人でただ一人の”プロボクシング世界チャンピオン、WBC(世界ボクシング評議会)ストロー級の井岡弘樹の二度目の防衛戦は、太平洋を隔てたロサンジェルスで新聞を読み、テレビニュースを見て知っただけでも、なんとも後味の悪い試合だった。

  問題のシーンを<朝日>は「最終ラウンドの早過ぎるように思われた終了ゴングが、真剣勝負の重みを確実にそいでしまった。キャットワンチャイの左ストレートを顔面に浴びて、井岡は倒れる寸前で、もう少し長ければ、KOされていたかもしれない」と描写している。
  ゴングが鳴ったとき、挑戦者側の時計では、最終ラウンドは「まだ一分五二秒しか経っていないよ!」という状態だった。中継中のテレビ画面のタイム表示は二分二八秒で停止していた。
  これには一応、原因があった。一分四〇秒過ぎ、井岡がマウスピースを吐き出したため、レフェリーが試合を止め、マウスピースをはめさせ、試合を再開させたのだが、この間の“ロスタイム”の算定が各人各様だったのだ。ゴングを鳴らした日本人のタイムキーパーは、ロスタイムはとらなかった、と述べている。
  勝ち負けは判定に持ち込まれ、米国、英国、メキシコの三人のジャッジの判定は、井岡の勝ちとしたのが一人、負けが一人、引き分けが一人と分かれ、結局“引き分け”と判定された。
  タイムキーパーがゴングを早く鳴らして試合を「意図的に止めたのではないか」と試合後、挑戦者のマネジャーは「怒り狂っていた」そうだ。

  十日づけ<朝日>の<風>欄でこの問題を取り上げた上野記者は「井岡の負けを救うためで、日本のやり方は汚すぎる」として、挑戦者キャットワンチャイの母国タイでは、「翌日、駐タイ日本大使館へ抗議が殺到する騒ぎになった」と伝えている。
  この抗議を「当然だろう」と受け止めた同記者の“怒り”もかなりなものだったようで、思わず「正直、これが米国など大国の選手が相手だったら、ここまでなめたまねをしたか、という疑問が残る」と書いて、<朝日>にしては少々下品な言葉使いを紙面に残してしまった。

  だが、上野記者の感想は間違ってはいなかったという気がする。また、タイ国民が「東南アジアの国の選手だったからあんなふうにやられたのだ」と感じたとしても、無理な感情のコジツケだとも思えないところが、この問題にはある。
  そもそも、この試合を組んだ動機にすでに疑問があったらしい。WBCの立会人は試合前に「タイトルマッチとは、王者に準ずる力を持った人間が挑戦する試合をいう。ランク一〇位から三〇位の選手間で決めたインターナショナル王者(キャットワンチャイ)は、明らかに二番目の選手ではない。井岡は格下の挑戦者と対戦してへんな試合をやると、真価を問われる」と異例の注文をつけていたという。

  格下の選手との試合で“日本人ただ一人の”チャンピオンに二度目の防衛を果たさせようとした日本ボクシング界が、熱心さ余って思わずゴングを早めに鳴らしたとしても、こちらの方は格別不思議ではない。
  気の晴れない“タイトル防衛”だった。

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