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1988年6月16日

「男泣き」考



  「戦争が終わって間もないころの日本と今の日本とでは、ずいぶん変わりました」と書き出された文章がある。「しかし、昔の日本と今の日本との差異で、あまり指摘されないことが二つあります」とつづく。その二つは何かというと、「一つは、子供が洟を垂らさなくなったこと」で「もう一つは、男が泣かなくなったことです」という。

  優秀な人の仕事は、分野を問わず、そもそもその着眼点が面白い。作家丸谷才一の<男泣きについての文学論>もそうだ。


丸谷才一氏
(From:http://www.mainichi.co.jp/life/dokusho/nurukan/2001/001.html)

  「昔の日本では、……男が感きはまって人前で泣くことは、社会的に肯定されてゐた。賞賛さへされた。それが男泣きといふものでした」と丸谷氏はいう。
  昔は映画ででも、芝居ででも、主人公の男がやたら泣いたらしい。「日本の男は実生活において泣いたから、それゆゑ日本の男は映画のなかで泣くことになった。泣いても軽蔑されず、むしろ観客の胸を打った……」「男の泪はヒロイックであることの必要条件であった、と言ふのが正しいでせう」

  文学の世界でも、<源氏物語>の光源氏が、<平家物語>の俊寛が、<心中天の網島>の治兵衛が泣いた……。

  丸谷氏は、民俗学の柳田国男が一九四一年の<涕泣史談>と題した講演の中で「泣く回数がへったことと並べて、人間がおしゃべりになった、口達者になったといふ移り変わりに注目」していることを教示している。その講演の中で柳田は「もとは百語と続けた話を、一生せずに終わった人間が、総国民の九割以上も居て、今日謂ふ所の無口とは丸で程度を異にして居た」と語ったという。日本人が“おしゃべり”になったというのだ。

  泣かなくなった日本人は同時に、おしゃべりになった……。丸谷氏は「なぜかういふ風俗の変化が生じたかと言へば、日本人の言語能力が飛躍的に高まったからであります」と見る。つまり、昔の日本人が泣いたのは、赤ん坊がそうであるように「言葉で表現できなかったから」だったというわけだ。

  さて、戦後日本人の言語能力が高まった要因として丸谷氏は@ジャーナリズムによる言語教育A農業的・村落的社会から工業的・都市的社会への移行B標準語の普及C言語の呪術性の衰退D言論の自由と人権意識の徹底を挙げている。

  文学者丸谷氏の憂いはこうだ。「われわれ現代日本の男たちは、日本史はじまって以来のまったく新しい風俗をいま創っている最中だといふことです」「スサノヲノミコト以来ずっと……男泣きをして来たのに……ふと気がついてみると、われわれはもう泣いてはいけないことになってゐた」。なのに、「果たして日本の文学者はそのことを意識してゐるか」

  ときどき日本人論が流行する。だが、たいていは、外国人との比較に忙しすぎて、自己観察が十分でなかったりする。そのために、独善的、排他的な日本人論を振りかざすか、逆に卑屈な日本人論に陥ったりしてしまう。

  <男泣きについての文学論>を啓蒙目的に利用する気はない。だが、芸術の分野で男が泣くことに美意識を感じていたころは、現実社会でも男泣きが社会的地位を得ていた、という点を認める限り、先年、大統領選挙に立候補した際に、夫人への攻撃に立腹して、人前で思わず泪を見せてしまったマスキー上院議員(当時)に愛想を尽かせたアメリカ社会などとの対比には、やはり興味がわく。そういう文化から見れば、昔の日本人はどう見えただろう。−−“男が人前で泣く情緒の定まらない、不可解な民族”と見えていたかもしれない。

  人は変わる。“民族”の性格さえ移ろう。
  丸谷氏によれば、スサノヲノミコトの神話時代以来、たぶん何千年もつづいたはずの“男が泣く”文化は、戦後のわずか数十年で、あっさり変容してしまったらしい。
  さてさて、“男が泣かなくなった日本”は、文学論を離れたところでは、いったいどういう日本なのだろうか。

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