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1988年7月22日

山の音



  音はといえば―。濃い緑の葉がすれ合う音―さら、ざざら。
  斜面を吹き上げてくる風に乗って飛び出すバッタの飛行音―ぎ、ぎ、ぎりぎり、ぎ。
  乾いた小さな白い花に引き寄せられくる蜂の羽音―びびー、びーん。
  谷の向こうでさえずる鳥の、ぐる、ぐるる、ぐる。きき、きーき、き。

  週末はドライブ、と決めている。
  朝、目が覚める。カーテンを開く。空の色を確かめる。「さあ!」と思う。西に走るか東に行くか。ことさら珍しい行き先を選ぼうという意思は特にはないが、それでも、友人が教えてくれた“隠れた名所”などを頭に浮かべる。どこかで読んだり見たりした情報を漫然と思い返す。
  クルマを始動させるころまでには、出かける方向ぐらいは大方決まっている。

  先週末はクリスタル・レイクへのドライブを楽しんだ。
  フリーウェイ一〇を東に向かう。アズサ・アベニュー、ルート三九を北に上がる。どこにでもある、何といって特徴のない辺りの風景が、山裾の町アズサを過ぎると一変する。通りの名前もサンゲーブル・キャニオン・ロードと変わる。
  山道に入る。クルマを停めて、モリス貯水池を見下ろす。ロサンジェルスからアズサまでの空をうすらと覆っていた靄も、この辺りでは消えている。水位の低い水が青く淀んで見える。双眼鏡を肩から吊るした老夫婦が、日の光を避けようと手を額にかざしながら、何があるとも知れない対岸に視線を送っている。
  また少し走る。右手に深い若草色の水が見える。サンゲーブル貯水池はさざ波の気配さえ感じさせない静かさだ。
  山道をさらに上る。ウェストフォーク・サンゲーブル川に出合う。渓流。丸みを帯びた岩が重なりながら転がっている緩やかな傾斜を水が流れている。ピクニック中の家族が木陰で憩っている。水遊びする子供たちの笑い声が川上から下ってくる。
  急勾配のつづら折りの道路がつづく。名がクリスタル・レイク・ロードと変わる。
  釣り糸を垂らし、夏の日差しと水の感触を楽しむ人々が、湖畔のそこここに憩いはしていたが、山の斜面が水辺に迫った湖は、こじんまりとした佇まいで、どこか秘境めいてさえ見える。針葉樹の木立の上の空はどこまでも澄みわたり、下界の濁った大気がまるで別世界のものだったように思える。
  
  クリスタル・レイク・ロードがその先で通行止めになっていることは手前の案内板で分かっていた。
  土砂崩れのために閉鎖されている道路の脇にクルマを止める。太陽の強い光の中に降り立つ。山の下から風が吹き上げてくる。海抜5千フィート余り。いつも持ち運ぶことにしているピクニック用の折りたたみいすを取り出し、運転でいくらかは疲れた体をその上に半ば横たえる。
  直射日光の眩しさと、吹き過ぎる風の微かな冷ややかさを同時に楽しむ。日に焼ける肌に汗がにじむ。
  エンジン音が坂道を登ってくる。行き止まりを承知で上がってくるクルマがある。引き返して行くオートバイがある。
  もう何もない。だれもいない。山肌の乾いた土の匂いがする。風が絶え間なく吹いている。
  音はといえば、濃い緑の葉がすれ合う音―さら、ざざら。

  週末はドライブ、と決め込んでいる。思いもかけない楽しみを味わうことがある。
  
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