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1988年9月15日

作文の技術



  「渡辺刑事は血まみれになって逃げ出した賊を追いかけた」

  この例文を使って、正しい表現とは何かを最初に考えたのは永野賢という学者だそうだ。
  すぐに分かるように、この文の問題点は、血まみれになったのが渡辺刑事か賊かが不明なところにある。
  <朝日新聞>の記者、本田勝一氏はその著書<日本語の作文技術>の中でこの文を引用し、「論理的に正確な文章という意味でのわかりやすさ」を高める要素として、文中の<語順>と<点>の重要性を強調している。
  本田氏によればこの例文はまず、語順を変更するだけで意味を明確にすることができる。「血まみれになって逃げ出した賊を渡辺刑事は追いかけた」という語順がそうだ。
  また、この例文に「渡辺刑事は血まみれになって、逃げ出した賊を追いかけた」と点を打てば、血まみれになったのは渡辺刑事だということになる。「渡辺刑事は、血まみれになって逃げ出した賊を追いかけた」という点の位置なら、血まみれになったのは賊だ。
  語順の違い、点のあるなしが一つの文の意味をここまで変えることがある。

  「読む側にとってわかりやすい文章」とは何かという視点から、新聞記者である本田氏は同書の中で「だれにも学習可能な…“技術”としての作文」論を展開している。語順の決め方や点の打ち方がその“技術に”ほかならない。

  語順については、特に重要な二つの原則がある、と同氏はいう。@<句>を先に<詞>をあとにA長い修飾語ほど先に、の二つだ。この二つを守るだけでも文章の「わかりやすさ」が増す。
  たとえば「速く走る」「ライトを消して走る」「止まらずに走る」という三つの文があるとき、一つにまとめて最も誤解が少ない語順は、この原則に従えば、「ライトを消して止まらずに速く走る」となる。「ライトを消して」とまず長い方の<句>がきて、次に「止まらずに」と短い<句>、最後に「速く」と副<詞>がつづくわけだ。
  「速くライトを消して止まらずに走る」「止まらずにライトを消して速く走る」「ライトを消して速く止まらずに走る」などでは文意が定まらない。語順が上の原則から外れているからだ。

  点の打ち方にも@長い修飾語が二つ以上あるときは、その境界にテンを打つA原則的語順が逆になる場合にテンを打つ、の二つの原則がある。
  このほかにも本田氏は、文中に必要というのではないが「筆者の考えをテンにたくす場合として、思想の最小単位を示す自由なテン」を認めている。
  たとえば、「病名が心筋梗塞だと、自分自身そんな生活をしながらも、元気に任せて過労を重ねたのではないかと思う」という文に打たれた点は「長い修飾語のテン」だ。「渡辺刑事は、血まみれになって逃げ出した賊を追いかけた」の点は「逆順のテン」に当たる。一方、「父は、死んだ」とする点の打ち方は「思想のテン」ということになる。

  打ってはならない「無用のテン」というのもあるそうだ。
  「私は人間的な感動が基底に無くて、風景を美しいと見ることは在り得ないと信じている」(集英社<東山魁夷の世界>)の場合、これでは「私」に「人間的な感動」がないことになってしまうからだ。たしかに、ここでは、「思想のテン」あるいは「逆順のテン」を打って「私は、人間的な感動が基底になくて風景を美しいと見ることは在り得ないと信じている」とするか、点を打たずに「人間的な感動が基底になくて風景を美しいと見ることは在り得ないと私は信じている」とするのが本当だろう。

  「学習可能な作文技術」について知ることが多い一冊だ。

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