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1988年10月18日

金メダル四個



  日本政府の閣僚の発言に「おや」と思うことはめったにない。
  だが、ソウル五輪での日本選手団の成績について感想を求められた高鳥総務庁長官の発言は例外だった。
  この五輪で日本が取った金メダルは四個。送り込んだ選手の数の割には、あるいは、各競技団体の事前の意気込みの割には、獲得したメダルの数は少なかった、との見方もあろうが、同長官は「メダルは多いにこしたことはない。しかし、何がなんでも取るということでなくてもいい」と述べたという。
  そのおおらかさが実にいい。閣僚発言としては久々の“ヒット”だろう。
  選手団の“不振”に対して、「日本がソウル五輪で振るわなかったのは、経済的に豊かになりすぎて、選手がハングリー精神を失ったからだ」との声があちこちで聞かれるようになっていた(<朝日新聞>窓/十月五日)というから、そのタイミングもよかった。

  その<窓>は「西ドイツはすでに“完全週休二日、週四十時間労働”を実現している経済大国だ。最近は経済成長にややかげりが出て、“西独病”が心配されるほどである。それでも十一個の金メダルを手に入れた」と書いて、経済的豊かさと獲得金メダル数の少なさとは直接の関係はないと述べている。

  “ハングリー精神”の強調には無理がある。現実がハングリーでないのに、精神だけをその状態に保つのは不可能、という意味ではない。スポーツの底辺拡大、施設拡充、良質の指導者の養成、進学問題、教育環境、国民のスポーツ嗜好などの諸問題をすべて選手個人の精神の持ち方として片づけてしまおうというところが良くない、ということだ。
  本当の問題が何かを見ようとせずに、何でも“精神論”ですませようという無責任な風潮を払拭するという意味で、高鳥長官の発言には大きな意味があった。日本の“国際舞台馴れ”を感じさせる発言でもあった。

  <窓>はさらに「フランスが六個、英国が五個、日本が四個というのは、結構いい線なのではないだろうか」とも書いている。これも妥当な指摘だろう。
  だが、せっかく共感した総務庁長官と<窓>の意見だが、次の部分はいただけない。
  「輸出大国で金(かね)をかき集めて、またメダルをかき集めたら(諸外国から)何を言われるか分からない。あのぐらいで、まあまあだ」と長官が述べたことと、「金持ちには気配りが要る。経済大国になったうえに、金メダルもごっそりというのは虫がよすぎる、と思う人もいるだろう」と<窓>がつけ加えたことの二つだ。
  経済大国が金メダルを取ってはいけないということはない。日本が金メダルを何個取ろうと、それだけで諸外国に非難される理由はない。問題は“どんな輸出で、どんなカネの集め方をし、どんな経済大国になっているか”だ。

  日本が公正で相互主義的な貿易を行っている限りは、どこからも文句が出るはずはない。長官と<窓>の言い方には初めから、経済大国は反感を抱かれるもの、という奇妙な“了解”があるようだ。―同じく経済大国である西独がここまで世界の袋叩きに遇わなかったのはなぜかを考えてみるべきだろう。

  ソウル五輪での金メダル獲得数、四個。確かに「まあまあ」で「結構いい線」だが、そうであるのは、あくまでも、それが日本のスポーツ界の過度の“精神主義”に警告を発するものであると同時に、経済大国日本のあり方を問い直すきっかけを与えてくれるからだ。
  外国の妬みを避ける効果があるからではない。

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