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1988年11月1日

中傷選挙



  大統領選挙が大詰めを迎えている。
  共和党ジョージ・ブッシュ、民主党マイケル・デュカキス両候補の戦いが、米国の明日の行方をめぐっていよいよ白熱の度を加えていていいはずの時期だが、現実は、実施される世論調査が例外なくブッシュ氏の大勝利を予測していて、勝敗はすでに決したも同然の状態で、新聞、テレビの報道にもシラケムードさえ見え始めている。また、今回の選挙への有権者の反応の鈍さから、早くも“史上最低の投票率”を心配する声さえ出ているという。


テレビ討論中のブッシュ氏(左)とデュカキス氏
(From:http://www.c-span.org/campaign2000/archivedebates.asp)

  このブッシュ氏大勝ムードと有権者の無関心を同時に創り出したのが、主としてブッシュ陣営による、テレビ宣伝を中心とした大規模な“ネガティブ・キャンペーン”の展開だ。デュカキス氏側のへたな応戦がまたそれに拍車をかけた。

  専門家のあいだでは、ブッシュ陣営の今回のやり方を、選挙運動としては、民主党のリンドン・ジョンソン候補が共和党のバリー・ゴールドウォーター候補を攻撃した一九六四年の選挙以来最悪のものと評する声も上がっている。

  テキサス大学のコミュニケーション担当教授のキャスリーン・H・ジェイミソン教授もその一人だ。同教授は、これまでの大統領選挙運動の宣伝合戦を振り返ってみて、「誤った推論を撒き散らすというだけでなく、誤りを真実であるかのように述べてこれほど相手側の経歴を積極的に歪曲した例は記憶にない」と述べて、ブッシュ陣営が精力的に流している、刑務所被収容者を対象としたマサチューセッツ州の“特別休暇”制度を攻撃するテレビスポットをその“歪曲”の好例として挙げている(<ロサンジェルス・タイムズ>十月二十四日)。

  こうした批判にもかかわらず、このスポットは大きな効果を上げ、デュカキス氏の同州知事としての失政を有権者に印象づけるという目的を果たした。―中傷合戦を完全に優位に進めたブッシュ氏は間違いなく、大統領選挙戦そのものでも圧勝すると見られている。ブッシュ氏がこのまま勝てば、同氏の選挙対策本部は“作戦勝ち”を自画自賛する祝勝パーティーを開くことになろう。
  だが、こうした互いの中傷合戦が有権者の選挙への期待を削いだことは疑いない。米国のより良い将来のためにいま論じられるべき多くの事柄がこの中傷合戦の陰に葬り去られてしまったことへの責任はだれが取るのだろうか。

  <ニューヨーク・タイムズ>紙と<CBSニュース>が共同して行った最新の世論調査でも、米国民の支持がブッシュ氏側へ傾きを大きくしていることが判明する一方で、有権者が、この選挙そのものがネガティブに戦われたために興ざめで実体を欠くものになってしまった、と考えていることが明らかになっている(<ニューヨーク・タイムズ>十月二十六日)。―多くの有権者が中傷合戦に不快感を覚えているものの、ブッシュ陣営による激しいデュカキス攻撃は狙い通りの効果を上げた、ということだ。
  十月十三日の前回調査時の支持率はブッシュ氏が四七%、デュカキス氏が四二%だった。それが今回はそれぞれ五一%、三八%となり、両者の開きは一層鮮明になっている。

  米国民はどうやら、不幸な選択を強いられる事態に陥ってしまったようだ。
  この調査に回答した全米の千八百二十七人の三分の二近くが、ブッシュ対デュカキス以外の対決であったらよかった、と考えていることも判明している。約半数が、この選挙は過去のどの選挙よりもネガティブだ、と答えている。

  いまのこの国に“史上最低の大統領選挙”を繰り広げている余裕が果たしてあったのだろうか。

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