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1988年11月4日

コメと日本 <1>



  本紙恒例<新年文芸>の論文の部、今年のテーマは<コメの自由化と日本>となった。
  繊維、鉄鋼、自動車、エレクトロニクス、牛肉・オレンジ、公共事業、半導体―。第二次大戦後の日本経済の発展史は一方で、日米間のいわゆる貿易摩擦の歴史であもある。常に日本製品の最大の顧客だった米国は、同時に、常に日本製品から国内市場を保護する立場に立たされつづけてきた。その受け身の米国が日本の“市場開放”を要求するようになってから、実は、まだ時間はそれほど経っていない。牛肉とオレンジに象徴される農産物を対日輸出の主要“戦力”として行った要求が実質的な始まりで、それがいま、コメ市場の開放・自由化要求という形に象徴化、集約化されてきているところだ。
  数週間前の朝、病床で目覚めた天皇が今年のコメの作柄を尋ねたことがあった。このことを聞き知った国会周辺のコメ関係者は早速、“日本人にとってコメは神秘的で重要な意味を持つもの”という彼らの従来の主張を裏支えするものとして使おうと、この話に飛びついた。
  ―と書き出された記事が十月二十七日づけの<ニューヨーク・タイムズ>紙にあった。
  デイヴィッド・E・サンジャー記者が日本で見た<コメと日本、そして米国>の関係を三回にわたって紹介する。
  日本で二千年間以上も栽培されてきたのだから、その経済的役割をはるかに超えて、コメが国民的関心を集めるのは仕方がない。文字通りに訳すと、ランチは“昼ごはん”、ディナーは“晩ごはん”となるが、この“ごはん”とは要するにコメのことだ。
  日本政府当局者はコメを国の安全保障と存立基盤の問題と結びつけて捉えている。

  日米間で長年つづいている貿易論争でも、日本側はいつも同様の立場を取りつづけてきた。だが、今年八月、米国の対外姿勢を強硬にした新貿易法が成立した。コメはこの法のもとで扱われる最初の商品となった。

  共和党の大統領候補、ブッシュ氏は九月、遊説先のカリフォルニアで、全米精米業者協会(RMA)が日本のコメ市場開放を求めて通商代表部のヤイター代表に提訴していた件について発言し、「米国からの輸出に対して世界中に張り巡らされた貿易障壁を取り除くよう圧力をかけつづけるために」この提訴を受諾して対日交渉に入るよう、ヤイター代表に要求する、との考えを明らかにしている。
  これに対して、貿易問題全般についてはブッシュ氏以上に強硬姿勢を示している民主党のデュカキス氏は、コメについては特に発言していない。

  この問題に関する関心度についていえば、日本での方がはるかに高い。大半が週末だけをコメ栽培に当てているだけの農村選挙民の機嫌を損ねないようにすることで、過半数の国会議員が議席を保っているからだ。
  ヤイター代表がRMAの提訴を受け、対日交渉に入るかどうかを占う記事がほとんど毎日、新聞の第一面を賑わわせている。
  同じ自民党員でさえ混乱させられてしまうことがあるぐらい普段は不明瞭な物言いをする竹下首相でさ、“コメの自由化”には反対する姿勢を明確にしている。
  国会はすでに九月下旬に「コメは日本文化に密着したもの」であり「日本社会の健全性を維持発展させるのに役立つもの」だという内容の決議を行っている。
  東京在住のある米国大使館員は「米国内ではたいした問題ではないと見えるコメ問題がここでは大きな問題になっている」と、日本側の反応に神経を尖らせている。
  マンスフィールド駐日米大使もワシントンに向けて、コメ問題であまりに強硬な姿勢をとると、米経済にとってコメ以上に重要な製品に関する対日交渉に支障が出るなど、逆効果となる恐れもある、との考えを非公式に伝えている。

                                     (つづく)

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