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1988年11月15日

最初の試練



  次期大統領が決まった。
  来年一月二十日から、少なくとも四年間は、共和党政権がつづくくことになった。選挙戦中に明らかにされたところによると、新大統領ブッシュ氏の政策はまずほとんどがレーガン政権から引き継いだものになる。経済の分野でもそうだ。

  新政権の最大の問題が実はそこにある。
  現在の米経済状況は八年前にレーガン大統領が背景にしてスタートしたものとは同じではない。この事実を無視して、失業率の低下、インフレの沈静化など、レーガン政権の一定程度の成功を過大評価し、“レーガノミクス”を継承しようという姿勢には無理があるのではないだろうか。
  本音で語る経済専門家や財界人が危惧しているように、米国の財政と貿易の膨大な“双子の赤字”は容易には解消しえない額に達している。レーガン時代に経済が順調と見えたのは、すぐには返済しないカネを国が借りて国内各所にばら撒いたからにほかならず、遅かれ早かれ、米国民はこのツケを返さなければならないのだ。

  選挙の行方が見えだしたころ、再びドルが下落を開始した。十四日現在、一ドルは一二三円〇〇銭だ。ブッシュ次期大統領の下ではドルは円やマルクに対し安値で推移するとの読みが早くも為替市場の動きとなって現れてきたといえる。

  ブッシュ氏の経済アドヴァイザーの一人で、次期政権の閣僚有力候補でもあるマーティン・フェルドスタイン・大統領経済諮問委員会(CEA)前委員長は選挙終了後改めて、ドルは円に対し今後三年間で一ドル=一〇〇円の水準まで下がるべきだ、との考えを示している。同氏は、ブッシュ政権の国務長官になることが早くも内定しているジェイムズ・ベイカー前財務長官と同様に、米国の巨額の貿易赤字を解消する最高の手段はドルを下げること、とする“ドル安論者”だそうだ。
  為替市場関係者の中にも、ドルは一〇〇円、一・四二マルクまで下落するとの見方がある(リンフレート・アソシエイツ)。
  <ロサンジェルス・タイムズ>の経済アナリスト、ジェイムズ・フラニガン氏は十一月九日づけ紙上で、ベイカー氏やフェルドスタイン氏などの“ドル安論者”は「ドルが下がれば米国は生産コストが低い国となり、千四百億ドルの貿易赤字はなくなる」と考えている、と述べている。だが、同氏はこの考えに懐疑的だ。「米国産業界はすでに、ほとんど能力いっぱいに稼動しており、たとえドルが下がり、米国製品が外国で安く売られることになっても、現状以上に輸出する能力はない」というのが理由だ。

  ドルの下落は一方で、米国政府が発行している国債の価格下落も意味している。米国債を購入している外国投資家にとっては損失だ。こうした外国投資家を引きつけつづけ、米国内にドルを豊富に流通させておくためには金利を引き上げるしかないことになるが、金利引き上げが産業活動を鈍化させることは言うまでもない。

  ドル安容認・誘導は他の問題も大きくする、とフラニガン氏は警告している。
  例えば、日本は今年、すでに九十億ドル以上の米不動産を購入している。一ドルが一二五円のとき十億ドルの不動産は、一ドルが一一〇円なら、八億六千六百万ドルで買える計算になる。
  外国資本による米国資産の買収は、選挙戦中に民主党のデュカキス氏が取り上げてある程度の反響を集めたように、政治問題化しやすい性質を持っている。ドル安が進めば、“自由貿易信奉者”のブッシュ氏は、外国資本による米国資産買収にどう対応するかという問題にどうしても突き当たってしまうことになる。
  ドル安が米軍の海外駐留をより高価にすることも明らかだ。軍事政策の変更さえ強いられることになるかもしれない。

  貿易赤字解消にはドル安で―とは簡単にはいかないようだ。
  ブッシュ次期大統領がすぐにも直面する試練の一つが通貨政策の決定であることは間違いない。一つが片づけばまたほかで他の問題が生じてしまうという困難をどう乗り切っていくか、ブッシュ政権の手腕に注目したい。

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