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1988年12月13日

サムライ・ボンド



  十一月十七日づけ本紙に「ロサンジェルス郡当局は十五日、米国の自治体としては初めて、日本の企業から一億ドルの融資を受ける契約をとりつけた」との記事があった。今月九日の<ウォールストリート・ジャーナル>紙は、財政赤字を埋め合わせるために連邦政府が長年日本に連邦債券を売ってきた例にならい、いくつかの“流行好き”の自治体が自ら自治体債券を売りつけたいと、日本を目指して太平洋を渡ろうとしている、と述べている。ほかに、州ではケンタッキー、オハイオ、ミシシッピ、ワシントンが、都市ではシアトルがこの方法での資金集めに食指を動かしているという。

  ロサンジェルス郡が借りることになった金額は百億円(約八千二百万ドル)だ。<日本長期信用銀行>と保険会社<日本生命>が引き受け手だ。円建て債券であることが特徴でもある。
  “サムライ・ボンド”という呼び名もすでに生まれている。日本人以外が日本市場で円建てで発行する債券だ。

  債券を買い、資金を貸し出す側の日本には、もともと、外国政府が東京市場で売り出す債券は、徴収される税金で保証された“主権信用”つき債権で、取りはぐれがない、として歓迎する構えがあるだそうだ。
  しかも、日本の債券購入者が望む金利は、米国の水準の半分をわずかに超える程度と、低いことが多いという。米国内でより日本で借りた方が得だ、と考える自治体が出てもおかしくはない状況だ。だから、日本では、このロサンジェルス郡の試みは「米国の多くの自治体が円を借り始めるきっかけだ」(葉山・日本生命国際投資部部長)との見方が広がっているらしい。

  結構づくめと見えるこの資金集めにも問題がないわけではない。米国内の自治体が円で融資を受けたあとの為替相場の動きだ。円高進行が加速すれば、自治体の返済額は増大する。日本での低い金利を帳消しにするだけではなく、それ以上の負担を強いることになる恐れもある。
  ロサンジェルス郡の借り入れには、欧州各国と同じく日本の長期プライムレート五・七五%が適用される。同郡が米国内で調達する際の金利と比較すればかなり低いものだという。だが、円・ドル交換のタイミングを間違えば、同郡はそれだけで大損をしてしまう。
  自治体による日本での債券発行は限定されたものになるだろうという意見は主としてそこから出ているという。また、米国内の自治体に対する優遇税制もこうした“限定”論の根拠の一つだそうだ。金利は低いが課税対象となる円での借り入れよりも、使用目的を限定しない非課税のドルを国内で調達する方が安上がりかもしれないということだ。
  円・ドル交換レイトが変わるように、税制も変更されることがある。財政逼迫状態の自治体が借りるカネとしてどちらが有利かは即断できそうにない。
  最後の判断基準は、州や自治体が日本との今後の関係をどうしたいかにあるといわれている。例えば、ケンタッキー州にはすでに、トヨタ自動車を含む三十七の日本企業が進出しているそうだ。だから、さらに日本企業の進出を期待し、「州の名が日本で一層知られることになれば」(同州財務担当者)との考えに立てば、日本での資金確保は、日米間の金利や税金の差以上のものをもたらすことになるわけだ。

  だが、州や自治体は納税者の心理的反応も判断材料に含めるべきかもしれない。郡内、市内の道路が整備され、新しいショッピング・モールができあがり、公立公園もきれいになったが、その資金は実は日本からの借金だ、ということになると―。
  州や自治体による円建て借金。“サムライ・ボンド”。―余っているカネを貸してやる、ではすまない何かがそこにはあるかもしれない。

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