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1989年1月17日

現実直視のすすめ


  知日派として知られる経営学者ピーター・ドラッガー教授が十日の<ウォールストリート・ジャーナル>紙で日米の貿易関係について論じている。
  対日貿易交渉が米次期政権の重要課題となることが明らかな状況の下で、これまで看過されがちだったいくつかの“現実”を米国がしっかり直視するようにならない限り、交渉からはただ欲求不満が生じるだけだろう、というのが同教授の問題意識だ。

  ドラッガー教授は、直視するべき“現実”として次の五点を指摘している。
  <1>米国が日本から勝ち取るべき譲歩について、政府や議会内の人々を含む大半の米国人が思い違いをしていること。
  <2>米国の対日政策では、農産物輸出問題が最重要視されるべきこと。
  <3>サービス部門での譲歩も日本に迫るべきこと。
  <4>対日政策の内容と実行方法をともに見直すこと。
  <5>米国の貿易問題の主要相手国は、今後数年間は、日本ではなくヨーロッパ共同体(EC)であること。

  ドラッガー教授は、米国人大半の主張に従って工業製品、農産品の貿易障壁撤廃を勝ち取ったとしても米国の対日輸出はいくらも増加しない、という。日本は現在すでに、米製品の最大の輸入国だからだ。一人当たりでみれば、日本人の米製品購入量は、米国人の日本製品購入量の二倍に達している。
  日本人が購入する米製品の多くは実は、日本に進出した米国企業が生産したものだ。日本に進出した米企業が工場設備機械などを本国に求めることで生じる高付加価値製品への需要が米国内に高度の仕事を創出していることも疑いない。こうした事実を無視して、あえて工業製品の貿易障壁を撤去させても、日本産米製品を米国産米製品に置き換えるだけになるかもしれない、とドラッガー教授は言っている。

  日本は一方で、米農産物の最大の輸入国でもある。日本製品の対米輸出をつづけるために、あえて米農産物を購入しているという面もある。そういうとき、ECが過剰農産物の輸出先を必死になって探している。日本が米農産物以外に食指を動かす可能性は高い。ドラッガー教授は、牛肉や飼料など、米国が優位を保ち、日本での需要も大きい農産物に限って障壁撤去を日本に迫るべきだと考えている。だから、コメ市場の開放要求は、同教授にはまったく愚かなことに思えるという。
  日本のコメ輸入禁止と高価格政策は実は、米国には得なことだ、と同教授は主張する。コメの価格が高いことで、米国の主要農産物である小麦を日本人は買う気になるはずだ、というのがその理由の一つだ。

  代わりに、金融、情報、建設、交通などのサービス業での障壁撤廃には、むしろ、もっと積極的に取り組み、日本が米国内で享受しているのと同等の開放を日本に迫るべきだ、とドラッガー教授はいう。
  だが、同教授にとって重要に思えることは、米国政府が国内産業の顔色をうかがってすぐに反応することではなく、日本からどのような譲歩を勝ち取るべきかをまず決め、米国の貿易政策そんものを明確にすることだ。

  米国にとって本当の貿易問題は当面、ECにある、とドラッガー教授は指摘する。ヨーロッパが大要塞化し、米国排除に動くことを米国は避けなければならない。日本製品の侵入を恐れるあまりECが米国の製品・サービスまで避けるようになる事態も回避しなければならない。実際、対EC政策が決まれば、自ずから対日政策も決まるはずだ、と同教授はいう。米国の国際経済関係は、対日交渉ではなく対EC交渉によって決定される、というわけだ。

  “互恵主義”の要求で十分だ。互恵主義が承認されれば、日本との関係でも、米国は持てる力を最高に発揮できるはずだ―。ドラッガー教授は最後に、米国経済への信頼をそう表明してこの論を結んでいる。

  互恵主義の要求に日本側が応えることができるかどうかについては、ドラッガー教授は今回触れていなかった。すぐに回答できるほどやさしい問いではないのかもしれない。

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