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1989年3月9日

政局混迷


  テレビを見ながら過ごしている夜などに、たまに日本から電話がかかってくる。長話をすることはあっても、硬い話題はやはり避けることが多い。KDDの国際料金が下がったとはいえ、まだ、気を入れて長時間、例えば政治を論じ合うほどには安くないのだ。
  ところが最近、珍しく、その政治の話題になった。―もっとも、「論じ合う」というにはほど遠く、次のように、話は簡単に終わってしまった。
  「竹下首相が危ないね」
  「ああ、先が見えたね」
  「ほんとに」

  三日の<ウォールストリート・ジャーナル>紙によると、いま日本人が好んで取り上げる話題の一つに「首相はうまくやり抜けられるだろうか」というのがあるそうだ。
  同紙は、竹下首相が<リクルート>事件をやり過ごして政治的に生き残れるかどうかについての見方は、この数週間で大きく変化した、と報じている。七月の参議院議員選挙まで政権を保つことさえ危ぶまれている、という。

  <週刊朝日>の三月十日号に、自民党一年生代議士五人による「リクルート政局 ホンネ座談会」が掲載されていた。この中で、鈴木恒夫氏(神奈川一区・宮沢派)は日本の雰囲気について「もう政治不信なんていうもんじゃないですよ。政治への不快感ね」と述べ、「ほんとうに解散か総辞職の事態だ」と危機感を表明している。
  また、三木内閣の官房長官だった井手一太郎氏の息子、正一氏(長野二区・河本派)は「副総理、副総理格の閣僚が続いて辞めざるを得なくなった場合、総理に責任がない、とは当然言えない」として、事実上、首相の退陣を求めている。
  <週刊朝日>がこの座談会につけた見出しは「もう解散するしかない!」だった。

  <時事通信社>が先月行った世論調査では、竹下内閣に対する支持率は二〇%を割り、一九・〇%にまで下がっていた。一方、不支持率は半ばを超え、五六・八%に達していた。
  自民党の支持率の方は二五・二%。これは福田内閣当時の一九七七年六月以来、十一年八か月ぶりの低水準だという。

  国民の支持を失った竹下内閣の頼みは、自民党が現在衆議院で安定多数を確保しているという事実だ。三日の<ウォールストリート・ジャーナル>紙は「衆院選挙と、共倒れする危険がある党内闘争とを避けることができれば」竹下首相は「国会対策上、まだ相当打つ手を持っている」と見ていた。

  そのうちの“党内闘争”は起こりそうにない。理由は何より、まず、後継者候補が存在していないことにある。“リクルート政局”乗り切りのため、として囁かれている“暫定政権”構想も、首相候補が、健康状態の思わしくない伊東正義氏(七五)だ。同氏は過去にも自民党の総裁候補として取りざたされたことがあるが、出馬要請を自ら断っている。
  つまりは、<ウォールストリート・ジャーナル>紙に従っていうと、衆院選挙を避けることができれば、竹下政権は生き残れる、ということになる。
  おかしな話だ。

  先の参院補欠選挙自民党が惨敗した福岡から選出されている三原朝彦氏(二区・竹下派)は<週刊朝日>の座談会で「いま、自民党に投票すると、やっぱりリクルートに賛成したことになる」と述べ、いますぐ解散、衆院選挙となれば、自民党の敗北は必至だとの見方を示す一方で、「政治の過程があまりに見えない」ことが現在の政局混迷の原因だとし、同氏としては選挙も辞さないとの考えを披露していた。

  だれもが、竹下首相の先は見えた、と思っている。だが、政権周辺では“派利派略”ばかりが先行して、首相後継者候補者の名さえまだ正式には浮かんできていない。三原氏がいう“政治過程”も見えないままだ。

  “日本最大の企業”<日本電信電話会社>(NTT)の真藤恒前会長が六日、労働省の加藤元事務官が八日、ともに<リクルート>からの収賄容疑で逮捕された。

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