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1989年3月13日

「ディア アン」


  たぶん、性格が頑ななせいもあるのだろう、他人の助言はあまり求めない。事にもよるが、どちらかというと、自ら進んで他人に助言したい方でもないと思う。他人同士の助言の求め合い、与え合いにも関心がわかないことの方が多い。
  だから、地元紙<デイリーニュース>のライフ欄に掲載されているアン・ランダース氏への“投書相談”もこれまで読んだことがなかった。
  三月二日、投書の一つに目を通したのは、まったくの偶然だった。たまたま開いたページの見出しに興味を覚えたからにすぎない。
  その見出しは「ひどい“つすり”“分法”“句等点”にうんざりしているタイピスト」というようなものだった。つまり、“綴り”“文法”“句読点”を意味する単語がすべて、まるで見慣れないつづりで表されていたというわけだ。
  投書の中身は―。
  ディア・アン・ランダース
  わたしたちの学校制度にはどこかよじれたところがあるようです。わたし、履歴書や期末論文などをタイプする仕事をしているのですが、自分の手が打ち出すものを見ては、いつもぞっとしてしまうのです。
  七〇%の学生がちゃんとつづりができません。書くこともできません。句読点の機能についても知りません。
  いえ、学生たちを責めているのではありません。ただ、そんな基礎的なことも学ばずに、どうして彼らが進級できたのかが理解できないだけです。
  ここで学生というのは、高校・大学の生徒・学生のことです。わたし自身は大学教育を受けることができませんでした。ですが、通った田舎の小さな学校で堅物の先生が、論文の中身の情報がどんなに正しくても、乱雑に書かれていたり、つづりや句読点に間違いがあった場合にはAをくれなかったことを、いま、ありがたいと思っています。
  卒業論文をタイプしてもらおうとやって来る四年生の中には「間違いを全部」直してくれたら追加料金を払うと言い出す者もいます。まるで小学六年生が書いたものかと思えるような論文もあります。
  子供たちの勉強振りを親たちは小学一年生のときから見守りつづけるべきです。同じ間違いを繰り返すようなら、親はどんどん教師と話し合うべきです。わたしの経験からそう言うのです。息子の一人が基本をちゃんと身につけるまで三年生に留年させてくれるように担任教師に頼んだことがあります。留年させて息子にいやな思いをさせたくないとその担任教師は言いました。わたしは、正しい話し方、書き方を知らないままだったら、息子はあとでもっといやな思いをすることになると教師に答えました。
  アン、親たちにもっと関心を持つよう言ってください。子供たちに学校でがんばってもらいたいなら、自分たちも気を配っているのだということを親たちは示さなければなりません。

アン・ランダース氏
(From:http://www.recovery-inc.com/resources/ann_landers.html)

  子の教育に関しては親の気配りの行き過ぎが指摘される日本人には、ランダース氏の回答が興味深い。「あまりに見過ごされることが多い点を突いてくれてありがとう」
  そういう問題は、米国では、“あまりに見過ごされることが多い”のだそうだ。
  同氏はそのあと、大所高所から、教育への投資増大、優秀教師優遇の必要性を強調し、さらに、「世界の競争は激しくなっています。(世界の)指導者としてのわたしたち(米国人)の地位は危機に瀕しています」と述べている。一投書者の、どちらかといえば身の回りの心配をただちに“指導者としてのわたしたちの地位”に結びつけて論じるところがいかにも米国人流だ。

  同氏は最後には「子供たちが違った状況にしてくれるでしょう」と言葉を結んでいたが、これはいささか楽観的でありすぎるかもしれない。

  バーバラ・ブッシュ大統領夫人が六日、<バーバラ・ブッシュ家庭識字運動基金>を創設すると発表した。すでに、百万ドルの寄付申し出を受けており、今後さらに多くを民間から集める予定だという。

  米国では現在、二千三百九十九万人の成人が読み書きができないといわれている。バーバラ基金は、こうした成人と子供たちのための地域の識字運動普及、教師養成などの資金として使われることになるそうだ。

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