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1989年4月24日

日本のシステム


  【Undermine】という単語の意味を『ランダムハウス』の英和辞典で調べてみた。@…の下をくり抜く A土台をくずす B知らないうちに衰えさせる C間接的な(ひそかな、卑劣な)手段で攻撃する―などの意味があった。

  辞書に頼るのはいつものことだが、この場合は、『ロサンジェルス・タイムズ』(十七日)で行き当たった「日本のシステムがスキャンダルの調査をアンダーマインするかもしれない」というリードの意味を鮮明にしたかったからだった。
  もっとも、リードは「精力的に働く切り札検察官が重要人物たちを捕らえることができるかどうかについて疑問視する向きも多い」とつづいていたのだから、改めて辞書の世話になることはなかったかもしれない。東京から記事を送ったカール・ショーンバーガー記者が「日本はその制度的な欠陥のため、<リクルート>疑惑の解明ができず、中曽根前首相など、事件の核心にいたとされる大物政治家たちを逮捕して裁判にかけることはできないのではないか」と疑っていることは明らかだった。

  ショーンバーガー記者がここで「切り札検察官」と呼んでいるのは、東京地方検察庁の吉永祐介検事正(五六)のことだ。その吉永氏を同記者は「三十年以上に及ぶ検事生活を通じ、法に忠実で、外部からの政治的圧力を気にしない、攻撃的で細かいところにまでこだわる検察官だとの評判を得た」人物だ、と紹介している。
  吉永氏は、<ロッキード>事件で一九七六年、田中角栄元首相を贈収賄容疑で逮捕し起訴した検事として知られている。ショーンバーガー記者は、<リクルート>疑惑が国会でいよいよ大きな問題となり始めた昨年十二月に吉永氏が検事正として東京地検に復帰して以来、捜査進展に対する“期待”が高まっている、と述べている。だが、同記者は一方で、「法を適用するという抽象的な概念を大事にするのと同じ程度に、調和や政治的安定に重きを置く日本の制度の中で吉永氏は動かなければならない」と指摘、「仮に証拠が挙がったとしても、国会議員を起訴に持ち込み、(検察官としての)職務を完遂することが許されるかどうかは、まだ確かではない」ともつけ加えている。

  リードの「アンダーマイン」はどうやら、説明C「間接的な(ひそかな、卑劣な)手段で攻撃する」の意味で使われていたようだ。

  四月二十八日号『週刊朝日』は「高辻法相 “指揮権”発言の本当の狙い」という記事を掲載していた。同誌はその高辻氏を「歴代法務大臣の中でも、この人ほど『指揮権発動』を口にする人はいない」と紹介している。
  高辻法相は十二日、自民党が単独開催した衆院予算委員会で、首相などへの<リクルート>献金を報道機関が暴露していることを逆手にとり、「検察官がマスコミに情報を流すことがあれば、秘密厳守を定めた国家公務員法上の懲戒理由になるし、同時に検察というものが何かの目的で検察情報を漏らすことがあれば、指揮権の発動を促すことにもなりかねない」と述べて、捜査に大きな圧力をかけていた。
  これはもう「“間接的な”手段」などではない。『ロサンジェルス・タイムズ』の「アンダーマイン」は「“卑劣な”手段で攻撃する」という意味で使われていたとみるのが正しいようだ。

  だが、ションバーガー記者が見誤っている点が一つあるように思う。
  高辻法相発言はもはや“日本のシステム”を代表していないという点だ。国民はもう、そんな自民党による“調和”や“政治的安定”にはほとんど“重きを置いて”はいないはずだ。

サイト:リクルート事件

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