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1989年5月23日

タバコ拡販


  「麻薬の使用が原因で毎年、世界中で一万人が死亡している。一方、タバコの害による死者の数は二百五十万人だ。米国人がコカインを使用して死ぬ以上に、コロンビア人は米国タバコを吸って死んでいるし、東南アジアから入ってくるヘロインのために死んでしまう米国人の数よりは、米国タバコを吸って死ぬタイ人の数の方が多い」
  ―という文章を、<米国世界健康協会>のピーター・ボーン博士が『ロサンジェルス・タイムズ』(十五日)に寄稿していた。

  「米国が麻薬撲滅に力を入れるのはなぜかとの問いに対する論理的な回答はいつも<この国の若者たちの健康を守るため>というものだった。この考えの延長として、米国人のあいだに、タバコも他の麻薬と同列に扱うべきだとの考えが広がってきたのだった」
  「歴代政府、とりわけレーガン〜ブッシュ政府は、麻薬生産基地となっている国々の政府に対して、密売人による麻薬の米国搬入を阻止するよう求めてきた。だが、その一方で、米国政府は積極的に、米国タバコを外国で拡売することに力を注いできた」
  「それだけでも十分な悪事と思えるのに、通商代表部はこれまでに、すでに三つの国に対して、米国タバコに市場を開放しない場合は報復措置を採るという脅しをかけてきたし、タバコの広告・宣伝を禁止するか制限している国々にも圧力をかけている。これは一八四〇年に英国が軍隊を派遣して、英米商人からアヘンを買うよう中国に要求したアヘン戦争の現代版だといえる」
  連邦麻薬対策局長官となったウィリアム・ベネット氏は自ら喫煙をやめた。
  「麻薬対策の長官がタバコを吸っていては、米国の麻薬撲滅運動はうまく進まないだろう、という見方を採る限り、タバコという麻薬の輸出を通して死や病気を世界中にふりまいている米国は、世界のどこでも麻薬撲滅運動をうまく進めることができない、ということになる」
  「そう見れば、米国の対麻薬政策は、人々の健康を考えてではなく、本質的には、経済上の利益の度合いを測って決定されているとの結論に辿り着かざるをいない。大方は低収入国である麻薬生産国に対し米国は、自らが麻薬を非合法化したことを根拠にして、その“魅力的な”市場を閉ざす一方で、自国が豊かで大きな力を持つ国であることを背景に、タバコ(という麻薬)を合法だと決めつけ、世界に輸出して大きな利益を得ているのだ」
  「ブッシュ政府はいま、米国の麻薬政策は国民の健康を第一に考えて決定するのだ、という方針を明確にできるまたとない機会に恵まれている。米国タバコの外国での拡販を政府は一切手助けしない、との声明を出すだけで十分だ。その声明で、ブッシュ政府は本当に麻薬撲滅をやる気があるのか、との疑いを十分に晴らすことができるし、世界中の対麻薬戦争で強力な指導性を発揮することができるようになるのだ」

  十六日の『朝日新聞』に米国タバコ<マールボロ>の全五段広告があった。「味わってみないか。新しいマールボロ」という誘い文句が添えてあった。
  一週間前(九日)には日本のタバコ<ピース>の同じ大きさの広告が掲載されていた。「ピース。ひたすら味わい深い香りを貫いてきた、たばこ」などという甘い言葉が連ねてあった。

  大新聞のスペースを買い取って日米のタバコ会社が拡販を競い合う日本の現実からは、タバコと麻薬の害に関するボーン博士の憂いが生真面目すぎるようにさえ見えてしまうところが怖い。

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