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1989年5月30日

中曽根喚問


  中曽根前首相が国会予算委員会に喚問された日は、テレビ局のカメラが朝からこの人物を追いつづけた。議員証言法の規定で証言中のテレビ撮影が禁じられたために、肝心要の“大舞台”は静止画でしか見ることができず、その表情の変化具合は知りようもなかったが、証言前後の顔は、ロサンジェルスでも放送されている日本語ニュース番組でたっぷりと見せてもらった。
  前首相は、この日は終日、“うすら笑い”をつづけていたらしい。朝、自宅を出るときも、喚問後、国会を離れるときも、前首相の顔には“うすら笑い”が貼りついていた。追従者がいて世辞の一つでも言おうものなら、たちまち破顔一笑、そのまま大声を出して笑いこけそうな“うすら笑い”だった。


中曽根康弘氏
(From:http://www.jimin.jp/jimin/giindata/nakasone-ya.html)

  前首相がこの日、これほどまでに“幸せな気分”だったのには、日本国民の多くが知っている理由があった。―野党側からどんな質問を受けても、痛くも痒くもない状況がすでにできあがっていたのだ。

  中曽根前首相に関する<リクルート>疑惑は四点指摘されていた。@<リクルート・コスモス>未公開株と献金の受領A<日本電信電話会社>のスーパーコンピューター購入B就職協定順守C政府税制調査特別委員の任命―だ。この連鎖の中で前首相は<リクルート>社に何らかの便宜を図ったのではないかというわけだ。

  収賄罪が成立するためには<首相の職務権限>とカネの流れが結びつかなければならない。前首相にとって最も“危険”だと思われていたのは税制調査会特別委員の任命に関する疑惑だった。一九八五年九月に江副リクルート前会長が就任することになった特別委員の人選では、その二か月前に「民間の暴れ馬を入れる」と語った前首相が江副任命を指導した疑いは濃いとされていた。特別委員の任命権は直接首相にあるため、<リクルート>からのカネは任命を要請する狙いも持っていた、と証明することは可能だ、“前首相の犯罪”が暴かれるのはここからだ、と見られていたわけだ。

 だが、東京地方検察庁特捜部周辺から「税調特別委員になっても大したメリットはない」「大金を出しても欲しいポジションではない」などの見解が漏れ聞こえるようになった、と週刊誌が書き始めたころにはすでに、中曽根追及中止は決まっていたらしい。前首相の女房役として働き、<就職協定>の圏では受託収賄罪で起訴された藤波孝生元官房長官に対する容疑からも<税調特別委員任命>の件は外されていた。このときすでに、特捜部は“中曽根収賄”の立件意思を放棄していたものとみえる。

  だから、仮に、藤波代議士が<特別委員任命>の件で起訴されていたら、中曽根前首相は二十五日、これほど“うすら笑い”を見せているわけにはいかなかったに違いない。公判過程で江副被告などから飛び出す証言が前首相の国会での証言が“偽証”であったことを明かしてしまう“危険”が残されていたからだ。だが、<任命>での藤波不起訴で前首相は恐れるものがなくなっていた。あれほど嫌っていた国会喚問にも、ほとんど嬉々として出かけられたのはそのためだったと思われる。

  “前首相の犯罪”があったかどうかを自ら調査することは国民にはできない。だが、前首相が計算違いをしていた思えるところが一つある。“うすら笑い”だ。
  あの笑いを見て国民が「あの人はどうやら、自分ではウマクヤッタと思っているようだが、あんなふうに笑っているところを見ると、ヤッパリ何か悪いことをしていたんだな」と感じ始めるかもしれないということには、中曽根氏はどうやら思い至らなかったようだ。

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