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1989年6月26日

<冷たい平和>


  十九日の『ロサンジェルス・タイムズ』に『ハーバード・ビジネスレビュー』のマネジング・エディター、アラン・ウェバー氏が書いた<日本との冷たい平和>という題の論文が掲載されていた。
  「日本との冷たい平和がソ連との冷戦にとって代わろうとしている。国家の安全保障の決定要素は、外交政策から経済政策に変わりつつある。かつての政治的同盟関係が経済的敵対関係になろうとしている」という認識がこの論文の基調となっている。―日本を意識した歴史観だ。

  ウェバー氏によると、米国は世界に軍事的安全保障と基本通貨を提供することで指導者であるつづけ、日本は産業技術と財政力で新たな指導者となった。
  世界の指導者として必要な要素を二つずつ分け合っていることで、日米両国間には裂けがたい緊張が生じているが、この緊張はむしろ、両国の今後の関係に利益をもたらす、と同氏はいう。
  例えば日本は、戦塵の中から急速に今日の繁栄に到達したために、国民生活のあらゆる次元で制度的変革が必要になっている。だが、米国などからの“外圧”なしには、その変革は達成されそうにない。
  <リクルート・スキャンダル>では政治改革の必要性が指摘されているが、本当の変化のためには“金権”政治を放逐しようとするだけでは不十分だ。一党だけが長く政権を維持したり、地方の有権者の一票が都市票よりも四倍の価値を持つといった(日本的な)民主主義自体をなんとかしなければならない。また、投資家を海外への直接投資に駆り立てた東京の地価の異常な値上がりからは、土地所有制度の改革が不可欠だと知れるし、女性や外国人労働者などのためにも社会改革は緊急課題となっている。
  戦後四十数年。日本は外国に“追いつく”という目標以上のことを実現している。二十一世紀になっても日本が経済成長を求めるとしたら、その目的は何だろうか。―経済成長一辺倒の思考をやめさせ、これまで置き去りにされてきた改革に本気で日本を取り組ませるためには、米国の“敵対的な”外圧が欠かせないだろう。
  米国にとっても同様だ。米国が活性化された国でありつづけるためには“玄関の敵”が必要だ。それが以前はソ連のスプートニクであったし、いまでは日本の半導体だ。
  米国でもまた、小・中・高校での教育改革、職業訓練、技術投資、連邦政府の構造改革が緊急課題となっている。財政と貿易の二分野の“双子の赤字”対策もそうだ。
  二十一世紀の米国はどうあるべきか―。日本は米国に新たな蘇生機会を与える国となっている。
  ロマンス初期の燃え盛るような輝きは日米関係からもう消えているが、両国は、かえって互いに現実を正しく見ることができるようになっている。米国人には馴染めないにしても、日本が独自の民主主義や資本主義を持っていることが米国側にも見え始めているし、日本人は、米国がそれほど屈強な英雄ではないことに気づいてきている。
  ウェバー氏は、今後五年から十年のあいだ、両国関係はむしろ悪化すると見ている。だが、日米間の<冷たい平和>はむしろ、両国が互いの間違った印象を改め、敵対ではなく、相互理解に基づいた関係に移行する機会を提供することになるはずだという。

  この論文と抱き合わせるように一枚の風刺漫画が掲載されていた。浮世絵風の女性が左手の指のあいだにおかしな具合に箸を持ち、いささかげんなりした表情で、食卓から顔を背けているという構図だ。食卓の上の六つの食器には“収賄”“私物化”“汚職”“賄賂”“ゆすり”“みかえり”という“日本料理”が盛られていた。<伝統食>というタイトルがつけられていた。
  
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