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1989年7月3日

首相と女遊び


  「日本の政界がこれほど性を問題にしたことはなかった。さえない陰気な男性たちが刺激的な問題を遠ざけ、密室の中で陰質な取引を行うことが普通となっていた政治の世界がここ数週間のうちに、一人の元芸者によって形を変えられてしまった」と『ロサンジェルス・タイムズ』の記事(六月二十七日)は書き始められていた。
  言うまでもなく、六月初めに戦後十八代目の首相に就任したばかりの宇野宗佑氏の“芸者スキャンダル”について書かれた記事だ。
  日本では「普通、地位の高い男性が妻以外の女性と交渉すること、大金を出して愛人を囲うことなどは、伝統的な特権として問題視されない」にもかかわらず、今回のスキャンダルでは『サンデー毎日』という一流週刊誌が問題の芸者Aさんの言い分を取り上げて「政治化の軽い過ちは書かれない」という「長く保たれてきたタブーを破った」と記事はいう。
  ここにも日本の政界の変化が表れている―と記者は考えたようだ。

  国会では野党が非難の声を上げ、外では女性グループが怒りを表明したこと、新潟の参議院議員補欠選挙で、無名の社会党女性候補に自民党候補が敗れたことも、このスキャンダルから生じた日本の変化だ、と同記者は見ている。
  同記者はまた、ゲリー・ハート元上院議員のスキャンダルを宇野氏のものと比較している。民主党大統領候補として一時はかなりのブームをつくることに成功したハート氏が、モデルだった若い愛人、ドナ・ライス嬢との関係が明るみに出たあと、政治家としての生命をほぼ終えてしまったからだ。
  だが、比較してはみたものの、宇野首相の政治生命がこれで終わるとは同記者は見ていない。「この事件の場合、男性の女遊びに対して寛容な日本の価値観が突然変化してしまったのか、あるいは単に、日本を支配する保守政治家たちの徒党の傲慢さに大衆が苛立っているだけなのかを判断するのはまだ早すぎる」というわけだ。

  問題のAさん(四〇)は二十五日、日本のテレビ、TBS系列の番組に本名で出演して、四年前に約五か月間つづいた宇野氏との関係について「彼はもっと優しくしてくれてもよかったはず」「弱いものの気持ちが分からない人に何が政治ですか」「職業に差別はない。芸者だからって、事実を言って何が悪いんですか」などと語ったということだ。

  『ロサンジェルス・タイムズ』によると、宇野氏が当時Aさんに渡したカネおよそは二万一千ドルだ。それが事実であれば、宇野氏はとにかく「女を買った」ことになる。その点では、宇野氏が自分と比較した方がよさそうなのはハート氏ではなく、ギリシャのパパンドレウ首相だろう。同首相は十八日に実施されたギリシャ総選挙で、不正政治献金疑惑と「愛人」問題にたたられて敗北している。パパンドレウ首相は、夫人がありながら(十六日に離婚成立)若い愛人をつくり、国民に不快感を抱かれていたそうだ。

  司法上の決着はいちおうつけられたとはいえ、リクルート疑惑に対する不信が国民の頭からまだ消えていないときに、新首相が数年前に「女を買っていた」ことが明らかになったのだ。ギリシャとは国情が違うが、宇野氏が政治的に無事であるとは思えない。リクルート型献金スキャンダルと「カネで女を買う」考えとは同じ根を持つらしい、と見抜くのは、国民にはそれほど難しいことではないはずだから。

  『タイムズ』は七月二十三日に投票が行われる参議院議員選挙を「政治気流の行方を見る重要なテスト」になろうと述べていた。
  そのことが一番分かっているのは、もちろん、宇野首相自身だろう。二十七日夜の自民党の集まりで、「酒に酔って漏らした愚痴」(塩川官房長官談)とはいえ、選挙怖さのあまり一度は「辞意」まで表明してしまったそうだ。

  二日に投票が行われた東京都議会議員選挙で自民党は保有議席を改選前の六十三から四十三に減らし、惨敗している。
  
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