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1989年8月14日

博物館化


  英国サルフォード大学の産業経済学者、アイレン教授が「業界が研究開発の面で大きな後れをとったことが原因で、米国内の典型的な鉄鋼工場は産業博物館化しようとしている」と指摘している。
  例えば、次世代の鉄鋼製造で必要とされる維持費・使用エネルギーの削減技術の面での米国業界の研究努力が「悲惨な状況にある」ことが、同教授の悲観的な見方の基になっている。

  いや、実際には、米国鉄鋼業界はこの五年間に、外国企業に対する後れをかなり埋めてきている。<インランド鉄鋼>では、インディアナ州の同社工場での製造コストを一九八四年のレベルより二四%下げることに成功している。<USX>でも、労働コストを七〇%以上も削減している。
  だが、目を研究開発費への投資に向ければ、外国メーカーに米国が追いつくことが簡単ではないことが知れる。
  ちなみに、<新日本製鉄>の年間研究費は二億ドルだ。これは米国の全鉄鋼メーカーのものを合わせた額よりも大きい。

  研究開発投資が少なくても新技術は入手できる、という考えもある。全米第五位のメーカー<アームコ>は所有権の四〇%を<川崎製鉄>に譲渡して<川鉄>の技術を導入することにした。だが、こうした提携方法は、米国メーカーを常に二番手に置くことになりはしないか。米国メーカーに“技術的劣等性”を定着させはしないか―。
  七日の『ニューヨーク・タイムズ』はビジネス欄に上のような記事を掲載した。「技術的劣等症候群に直面する米国鉄鋼業界」を憂える、というのが記事の趣旨だ。
  米国業界は“贅肉”を削いで新たな力を注入するためにすでに、従業員の三分の二を削減、さらに工場・設備の近代化に百八十億ドルを投資している。だが、一九八二年から八六年の間に失った売り上げは百二十億ドルに達している。
  過去五年の間にドルが下落したことは幸いだった。一トン当たりのコストが米国では五四〇ドルから四九〇ドルに下降したのに対して、日本ではそれが四〇七ドルから五二〇ドルに上昇したからだ。そのため、米国内の外国製鉄鋼のシェアは昨年、八四年の二六・四%から二〇・三%に下がった。だが、米国鉄鋼業界の将来はこれで安泰、とは言えない。為替はまた変動するのだ。

  ブッシュ政権は、鉄鋼輸入制限の延長期間を、業界が希望した五年間から二年半に短縮して実施することを外国メーカーに通知した。外国市場の開放を求める必要上、米国に対する保護主義批判をかわす必要があったからだ。―研究開発投資を急がなければならない理由がここにもある。

  鉄鋼売り上げ額のうち研究開発に回る金額の割合が最も高いのは日本で、一・五〇%だ。韓国と台湾はともに〇・八七%。これに対して米国は〇・五一%にすぎない。この分野への投資に最も積極的な<USX>でさえ、企業としては世界で二十六番目だ。
  研究開発費に対する優遇税制の導入も一策かもしれない。政府からの補助金交付は多くの国で実施されている。―とにかく、早期に手を打たないと、五年後には、研究開発を担当する若手技術者が不足してくることさえ予想されている。
  “技術的劣等症候群”が米国鉄鋼業界に蔓延してしまう前に―全米の鉄鋼工場が博物館化してしまう前に―どうにかしなければならない。
  『ニューヨーク・タイムズ』の記事はそう結ばれていた。
  米国産業界にはどうやら、自ら解決しなければならない問題がまだたくさんあるようだ。

  日本の市場閉鎖性に関して日米両政府は近々<構造問題>の協議に入る。

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