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1989年10月23日

紹介 高倉健


  『七人の侍』の黒澤明、『雨月物語』の溝口健二、『生まれてはみたけれど』の小津安二郎など、日本映画の監督が米国の新聞の映画欄で紹介されるのは珍しいことではないかもしれない。最近も、<ロサンジェルス・タイムズ>や<ニューヨーク・タイムズ>が『マルサの女』などで高く評価されている伊丹十三監督を取り上げていた。
  だが、日本の俳優が単独で扱われる例はこれまで、あまりなかったのではなかろうか。
  この秋のヒット映画『グラック・レイン』で、主演のマイケル・ダグラスやアンディー・ガルシアを相手に一歩も引けを取らない演技を見せた高倉健を<ロサンジェルス・タイムズ>が紹介していたので、ここに抄訳してみたい。
  この記事を書いたのは同紙のケビン・トーマス記者だ。

  リドリー・スコット監督の最新作『ブラック・レイン』で高倉健が大役を演じた。日本の映画スターが米国映画でこれほどの活躍を見せたのは、二十年以上も前に三船敏郎が『太平洋の地獄』(ジョン・ボアマン監督)でリー・マービンと共演して以来なかったことだ。


高倉健とマイケル・ダグラス
(From:http://ibelgique.ifrance.com/cinedestin/films/b/bl/blackrain.htm )

  日本映画で禁欲的な強さの偶像でありつづけてきた高倉の足取りはこのあと、予期しなかった変化を見せることになろう。無口で感受性に富んだ主人公を演じる高倉を長年支持してきたファンの中に、ナイトクラブのステージに立った高倉が威勢よく、しかも英語で、<フォッド・アイ・セイ>を歌うシーンがあろうと想像した者はいなかったはずだ。
  以前に出演したおよそ二百本の映画をすべて集めたものよりもさらに大きい国際的名声をこの映画『ブラック・レイン』が高倉にもたらしたことは疑いない。

  だが、(おもしろいことに)高倉は初め、この映画への出演を断っている。「昨年出演交渉をうけたときは、ちょうど一本、映画を撮り終えたところで、日本の南方で二か月ばかり休養したいと思っていた」のに加えて、「役柄が自分には向いていない」と感じたのが理由だった。
  もともと、高倉が演じた警部補は、背が低くてずんぐりした体格で、酒のほかには楽しみがない、定年退職前の男という設定だった。そこで高倉は、身体的特徴がよく似ているところから、『座頭市』シリーズの勝新太郎を代わりとして推薦したのだった。

  にもかかわらず、スコット監督は高倉が受けるとみた。高倉に合わせて、警部補像を描きなおした。高倉は、変更された脚本内容が気に入ったからというよりは、スコット監督の熱心さに押されて出演する意思を固めた。

  私人としての高倉は、スクリーンで見られる人物像とは相当にかけ離れた男だ。最近の映画では見せたことがないようなユーモアのセンスを持っているし、映画の中であれほどクールな男らしさを感じさせてくれるのに、実は驚くほどほっそりとしており、スポーツマンのタイプにも見えない。…五十八歳という実際の年齢よりは十歳は若く見えるけれども。

  高倉健が映画界に入った経緯もトーマス記者は紹介している。
  当時在学していた大学の教授に、美空ひばりの相手役募集に応募するよう勧められたのがきっかけだった。映画会社<東映>の重役の一人が高倉を見て、「明日出直してこないか。君で一本撮ろうじゃないか」と言い出したことが、映画界での後の成功につながったという。この重役の一言がなかったら、高倉は美空の添え物で終わっていたかもしれない。
  トーマス記者の問いに答えて高倉は、微笑まじりに「人生はこんな話で満ちています。わたしは運命というものを信じているんです」と語ったそうだ。

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