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1989年11月6日

ランドマーク


  米国の豊かさと同義語であるロックフェラー家が売られていくかのように見えるのだから、ニューヨーク市のロックフェラー・センターが<三菱地所>に買収されることを知った米国人が心に引っかかりを覚えるのは無理もない。…だが、同家は投資形態を変更しようとしているだけで、別に自らを身売りしているわけではない。
  ジェイムズ・フラニガン氏は一日の『ロサンジェルス・タイムズ』に、冷静な調子でそう書いていた。

  ロックフェラー・センターに十五のビルを所有している<ロックフェラー・グループ>(RGI)が株式の五一%を<三菱地所>に売り渡すことを知った米国人の反応は、UPI通信によれば、さまざまだ。
  「今回の八億六千八百万ドルの取引はニューヨーク市高官には高く評価されたが、米国人の歴史の一片がまた外国人の手に落ちるのを見て、街の人々は怒っている」のだという。
  「センターのスケートリンクを見下ろすあの有名なクリスマスツリーに灯がともされ、“ロケット”が脚を高々と上げてラインダンスを踊るラジオシティー・ミュージックホールのクリスマスショーが開幕されるほんの数週間前に買収は発表された」と、記事の調子もいささか感傷的だ。
  あるニューヨークっ子は「カネの力の大きさに驚いている。何でも日本に売ってしまうのはあまりいいことではない」と述べているし、他の一人は「心配なのは皆とおなじだ。われわれは国そのものを売りに出しているみたいだ。いたるところで日本は不動産を買っている」と、買収への不快感をあらわにしている。
  それに対して、買収肯定派の代表となった観があるコッチ・ニューヨーク市長は、同市が開けた国際都市であることを強調し、「実のところ、われわれはこうした(外国からの)投資で成長しているのだ」と述べて、新たな対日反感の盛り上がりを恐れていた<三菱地所>を感激させた。

  この買収話は今年の七月、RGI側から持ち込まれたものだという。『朝日新聞』によると、三菱側は「本当は、発表は来年にでもしたいと思っていた」らしい。<ソニー>による<コロンビア映画>買収に対する米国内の反応を見て、今回も猛反発が起きはしないかと心配したためだ。
  RGIは、今回の株式売り渡しは、ニューヨークの不動産価格の高騰で、同社の資産価値がこの三〜四年のあいだに三倍も上昇し、ロックフェラー家の資産がRGIに集中しすぎたため、株式売却を通じて資産を分散し、資産内容の再構築を図ることが狙いだった、と説明している。

  CBSニュースのダン・ラザー氏の表現は「日本が今度はニューヨークのランドマークを買った」というものだった。“ランドマーク”という単語に、同氏の思い入れが見えるようだ。
  〔ランドマーク〕歴史的・景観的意義のある構造物(建物など)/(航行の手引きとなる陸上の)目印/画期的な出来事
  斉藤経団連会長はこの買収について「経済行為であり、米国から文句を言われることはない」との考えを表明している。
  たしかに、売り手がいるから買い手がつく―。買い手があるから売る気になる―。
  だが、米国側の反応を「文句」として簡単に片づけるのはどうだろうか。大事な何かを見逃すことになりはしないだろうか。

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