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1989年12月4日

国民貯蓄


  日本の経済的成功の原因についてはこれまでに多くの人々が、それぞれの立場から、さまざまな論を展開してきた。
  米国で最近目立ってきたのは、自国産業の保護のために日本が従来主張してきた“日本特殊文化論”をひと抱えに承認し、そこから逆襲に転じて「先方が自ら<われわれは欧米の社会・経済体制とは異なっている>と言うのだから、こちらもそのつもりで対応しようではないか」という論調だ。「欧米の経済理論を日本がいつまでも受け入れないなら、対日制裁を強化してでも、われわれは欧米の論理を守るべきだ」という考えが重ね合わせになっている。

  フランスの大手エレクトロニクス・メーカー<トムソン>社のゴメス社長が「日本人はひきょうなやり方で勝利を収めた」と述べて、対日批判陣営に加わったとそうだ。
  「ひきょう」だと決めつける根拠としてゴメス氏は「保護政策の下で、巨大財閥によって動かされている」という「日本の特異な経済システム」を挙げ、このシステムのために「日本人は同じものを買うのに、国外より一五〜三〇%も多く支払っている」と主張している。同氏が批判するのは、日本の産業界は、国内の自由な価格競争を回避することで「日本の消費者に余計にカネを使わせ、余った分をすべて研究開発に回している」という点で、これでは、欧米諸国は日本とまともな競争を行うことができない、というわけだ。
  ゴメス氏はそのほか、「日本の労働者は、われわれならとても受け入れ難いような労働条件や社会制度の下で、日本帝国主義に資金を提供している」と批判してもいる。

  「ベルリンの壁を取り払うことができるゴルバチョフ・ソ連最高会議議長なら米国の貯蓄不足も解決できるかもしれない」という<風が吹けば桶屋がもうかる>式論法のこんな記事が二十七日の『ウォールストリート・ジャーナル』にあった。
  ソ連でゴルバチョフ議長がペレストロイカを主導する〜この影響を受けたポーランド、ハンガリーがまず変革を推進する〜これを見た東独国民が西独への脱出を開始する〜東独指導部が国境開放・旅行の自由を承認し、ベルリンの壁が事実上崩壊する〜チェコスロバキアの民主化が進行する〜東西冷戦体制の緊張が緩和する〜冷戦の結果として核戦争もありえると見ていた米国人と米国政府の意見が変化する〜米国人の将来への展望が建設的に転換し、政府が国防予算の削減を決意する〜国民が将来に備えるために貯蓄を開始し、政府が財政赤字解消に本格的に着手する、といった論の筋道だと読めた。

  国民の貯蓄率とは、民間と国家の総貯蓄を足して、これを国内総生産で割ったものだ。日本が群を抜いて高く、三一・一%。優等生の西独でさえ二一・八%にすぎない。米国の場合は、国家の巨大な財政赤字が、もともと高くない民間の貯蓄を食いつぶし、全体の貯蓄率を一六・九%にとどまらせている。

  米国経済の弱体化の一因が貯蓄率の低下にあったことは多くが認めている。貯蓄率の向上が国家経済にとって重要であるのは、それによって、ゴメス氏が言う研究開発費に限らず、あらゆる経済分野への資金の再投資が可能になるからだ。<冷戦終了による軍事費削減〜財政赤字の縮小〜国民貯蓄率の向上>に一部米国人が期待を寄せるのはそのためにほかならない。

  東欧の民主化の動きを他人事のように日本が眺めていると、日本の貯蓄率が以上に高いのはこれまで国際的に応分の使命を果たしてこなかったからで、ここにも<日本の特異性>が表れている、との対日批判が高まるかもしれない。

  米国は、自国の経済再建への熱い期待を込めながら、東欧の民主化を見つめているようだ。

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