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1990年1月31日

釈明旅行


  首相でも現役閣僚でもない身の一代議士が米国内でここまで名を知られた例は少ないのではなかろうか。―石原慎太郎氏のことだ。
  二十九日付『ニューヨーク・タイムズ』(クライド・ファーンズワース記者)によると、石原氏は連邦議会下院のゲッパート民主党院内総務、レビン下院議員、ルーガー上院議員、さらにはモスバッガー商務長官らと会談し、同本の内容について釈明したもようだ。
  上院財政委員会国際貿易小委員会のボーカス委員長は、石原氏が同本で展開した“米国たたき”の程度が「限界を超えている」として、石原氏側からの会談申し込みを断ったという。

  『時事通信』が『ニューヨーク・タイムズ』の報道として三十日に伝えたところでは、石原氏が同本の中で「日本がソ連に半導体を売り、米国への売却を止めれば、軍事バランスが変わる」と述べている点について、会談者の一人、モスバッガー長官は「日本がソ連に半導体を売れば<米通商拡大法のあまり知られていない第232条(国家安全保障上の輸入規制)に従い、日本は大きな経済的な損害を被ることもあり得る>と警告した」という。『時事通信』はさらに「この警告に対し、石原代議士は顔面そう白になり、逆に米国にとってソ連より日本の方が脅威だとの世論調査に当惑していると述べ、そのような結論は軽率で危険だと指摘したという」と報じている。

  『ニューヨーク・タイムズ』はルーガー上議と石原氏との会談に同席した同上議の秘書が「石原氏が言うとみられていることと実際に言うこととの間には違いがある」と感想を述べていることを例にあげ、石原氏に会った米国人は、同氏が前宣伝ほどこわもての人物ではなかったと感じている、と書いている。
  一方、意外と思われるほど同紙が多くの語数を費やしているのが石原氏の<個人的保護主義>発言だ。自分の著書が米国で本人承諾なしに翻訳され、読まれたことについて、著作権料をもらっていないとの不満を表明、著作権侵害事件として日本政府が米国政府に正式抗議するよう望んでいる、と同氏が述べたというくだりがそうだ。
  これにつて、レビン下議は、議会の記録を調べるのに良心の呵責は感じないと述べたあと、「自分たちが議論していることについては読むことができるのが当然だろう」との見解を示し、著作権侵害だとの石原氏の見方を否定したそうだ。また、国防総省のスポークスマン、ピート・ウィリアム氏は、政策遂行上すぐにも読みたい外国語文献があるのに読む術がない同省幹部に翻訳を提供しても、読者が幹部に限定されている限り、著作権侵害にはならない、との考えを示し、石原氏の同本が議会内で回読されていることにも問題はないとしているという。

  『ニューヨーク・タイムズ』はこの記事で、石原氏に対する評価を決めたようだ。国際貿易と防衛の現実に関する知識も十分でなく、国家間の重大な議論を個人の著作権と同列視している人物として。

  石原氏は昨年十二月の『朝日新聞』への寄稿の中で、同本の英訳について「アメリカで無断で出された、意図的な誤訳と削除の多い海賊版」と決めつけ、翻訳と回読を「野蛮で図々しく狂犬じみた」行為と非難していた。そんな言葉の激烈さがまた石原氏の“人となり”をよく示しているようだ。

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