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1990年3月8日

海部首相の“借り”


  「合意重視社会の日本に革命を求めるのは非現実というもの」だから、ここは「日本において生活の質を向上させるのが目標だという海部首相の言葉」に含まれた「新しい要素」を受け入れておいたらどうだろうか―。そんな内容の社説を『ニューヨーク・タイムズ』(六日)が掲載した。
  生活の質向上を目指すという発言が「米国に要求されたからではなく、日本自身の必要から」行われている点が“新しい”というわけだ。

  パームスプリングで今月二日と三日に実施された日米首脳会談<デザート・サミット>は、衆目の一致するところ、大きな成果をあげなかった。
  『NYタイムズ』の社説が「海部首相は、貿易問題をめぐる両国間の緊張を緩和させるために経済改革を実行するという約束をまた一つ行っただけ」と指摘したように、議会からの強い要求にもかかわらず、ブッシュ大統領は、表面上、日本側に具体的改善策を提示させることに失敗したし、海部首相の方も、あいまいな内容ではあるにしろ、経済改革の新たな約束をさせられ、“無傷で帰国”というわけにはいかなかった。

  だが、自民党が次の総選挙で不利になるのを警戒して、摩擦論議をしばらくひかえていたあとだったにしては、このサミットでの米側の対日要求は穏便だったとの印象がある。
  この辺りの事情をこの社説は「海部首相は、カリフォルニアに向けて出発する直前にやっと組閣を終え、国内でも解決策を見出していない基本的諸問題を協議しにやって来たのだ。首相として、海部氏は米国大統領よりはずっと小さな統治権しか持っていない。しかも、海部氏は(党内に)政治的基盤を欠くというハンディキャップを抱えている。自民党指導者たちがスキャンダルで失脚したあとの妥協の結果、長期政権をつづける同党の長に選ばれたのだ。米側から見れば悪いことに、(自民党総裁の)候補者全員が貿易問題では強硬姿勢をとっていたことだし―」と説明している。海部首相一人を攻撃してもどうせたいした収穫はなかったろうという、ずいぶん“物分り”がいい見方だ。

  今回の日米首脳会談には、取り決めの段階から奇妙なところがあった。ブッシュ大統領が海部首相に深夜突然電話をかけ、一週間後に会おうと提案したというのも異例だったし、会談で具体的な取り決めが何一つ行われなかったというのも普通ではなかった。
  『NYタイムズ』は、日米間で現在二つの交渉が進行していると伝えている。一つはスーパーコンピューター、通信衛星、木製品という三品目を中心とした個別通商問題。他の一つは広範囲な構造改革問題だ。
  海部首相は帰国後、ブッシュ大統領とは「個別問題はなにも取り決めをしていない」と語っているが、大統領の方は「協議した」と述べ、微妙な食い違いを見せている。裏約束があったのではないかとの憶測が生じるのはそのためだ。

  本紙への寄稿者の一人で、パームスプリング在住の評論家、藤原肇氏は同首脳会談前、地元紙『デザート・サン』のインタビューを受け、「ブッシュ大統領が征服者のように振る舞い、日本たたきに加わるようになれば、海部首相は消えてしまう。そして、次に権力を握るのは危険な国家主義者たちだ」と述べ、海部首相を攻めまくっても、結果は悪くなるだけだ、との考えを示していた。

  <個別通商問題や構造問題で海部首相が秘密の約束をしたから米国側の姿勢が穏便に終始した>のか、<海部首相をいじめれば、自民党内の“海部おろし”の動きが激化して、頑迷な保護主義者である新首相が誕生し、交渉がいっそう困難になるのではないかと警戒した米国が手を緩めた>のかははっきりしないが、いずれにしても、米国側に“借り”をつくった首相の肩に<いっそうの市場開放努力>という重い荷が乗せられたことだけは確かだ。

  米国の忍耐力も限界に来ているとの見方が強い。「日本人の生活の質向上を目指す」という言質をとられた首相が次に打つ手に注目したい。

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