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1990年4月9日

日本の衰退


  “経済大国”日本のかげりを予言する声がぼちぼち聞こえ始めた。
  雑誌『タイム』(二日発売)が「日本の黄金期は短命に終わる」と言ったところに、英国の雑誌『エコノミスト』のビル・エモット編集長が『週刊朝日』での対談で“日本の衰退”を予言するといった具合だ。
  『朝日新聞』も四日と五日、<色あせる経済大国>という記事を掲載し、この耳新しい“警鐘ブーム”の波に乗った。

  つい先日までは、良きにつけ悪しきにつけ、日本の羽振りの良さを強調していたはずの『タイム』と『朝日』が日本の衰退を予想するようになったのは、言うまでもなく、今年になって円が急落をつづけて一六〇円に近い水準にまで下がり、その動きと並行して東証株価が昨年の最高値から一万円も下がったことを受けている。
  『時事通信』の記事を引用すると、『タイム』はそのほか「日本の将来の成長と繁栄にとって最も深刻な障害物は地価の高騰であると強調、『土地ブームは、株式市場への投機的投資につながったような帳簿上の利益をもたらしただけで、真の経済発展を妨げている』と警告している」という。
  同誌はまた、日本は「出生率の低下に伴い、技術系を中心に深刻な労働者不足に直面しつつあると指摘」、さらに「日本が将来、多額の国内資金を老人対策費に充てなければならない高齢化社会となることを予想している」。
  一方、『朝日』が心配していることの一つは日本からの<資本流出>だ。昨年一年間の長期資本流出額は千九百十億ドルだった。これは「貿易黒字額(輸出超過分)の二・五倍に達する数字。「今年一月には瞬間風速ながら、経常収支は六年ぶりの赤字になった」という。日本にあった資本が「海外への工場進出や外債投資、企業買収や不動産投資」となって流出し、これがまた、ドル需要を高めて円安を進め、株価下落を誘っているのだ。
  『朝日』によれば「日本の経済は低金利と円高、それが生んだ株高や地価高騰で膨らんできた」。だが、地価の高騰は革新的な技術を持ったベンチャー企業からオフィスや工場を所有する機会を奪い、膨大な含み資産を持つ昔からの企業だけが恩恵を受ける仕組みをつくった。これでは「社会の活力は失われ、産業構造は硬直化してゆく」。日本経済は「構造改革への自律的な対応力を失い、日本そのものの輝きを失いつつあるのではないか」―。

  一九八三年から八六年まで、『エコノミスト』の東京支局長だったエモット氏の見方は『タイム』や『朝日』とは少し異なっている。『週刊朝日』での下村満子編集員との対談では、「日本の経済も永久に上り続けるものではない」という視点から「九〇年代の半ばには、(日本は)貿易赤字を計上するのでは」と予言しながらも、日本の将来については、全体としては、楽観論を展開、「貿易収支が赤字になっても、日本企業自体はもっと競争力をつけて、国際的なシェアも伸びているだろう」と語っている。
  エモット氏にとっては、貿易収支の黒字・赤字は経済上の真の問題ではない。例えば、日本企業が進出先のケンタッキーで製造した製品が世界に輸出されたとすれば、貿易収入を増やすのは米国であり、力をつけるのは日本企業だからだ。
  国としての日本は赤字国に転落しても「日本企業はますます国際化して、脅威の対象から教師の立場に変わっていく」というのが同氏の予言だ。
  『朝日』が心配している資本の国外流出がここではむしろ歓迎されている。

  エモット氏のどちらかといえば“楽観的”な予測が当たった場合でも、企業は肥えるが国はやせ細っていく―。国家・国境意識にしばられた政治家や官僚、そして国民には、落ち着きの悪い時代がやって来るかもしれない。
  
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