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1990年6月7日

米ソ新通商協定


  『UPI』通信によると、経済改革を担当しているレオニード・アバルキン・ソ連副首相は四日、ソ連国民の生活水準が来年は低下するかもしれないとの経済予測を共産党機関紙『プラウダ』紙上で発表した。
  ソ連政府高官が改めて国内経済の深刻さを認めたものとして注目される。

  生活水準の低下に言及したのは、ニコライ・ルイシコフ首相が五月二十四日に最高会議に提出した<市場経済移行基本構想>を説明した際で、同副首相は、ソ連経済の建て直しのための改革過程では物価引き上げ政策を採る場合もあり、国民の生活水準が下がることもありえると述べたものだ。
  <基本構想>は@価格の自由決定A生産者間の競争B新税、財政・信用制度、社会的保護のための福祉網の構築―などを、ソ連経済を再建するためには欠かせない要素としている。

  ソ連の経済成長率はことし第一・四半期、マイナス成長を記録した。昨一九八九年のインフレ率は七・五%に達していた。
  ソ連東欧経済研究所の村上隆調査部長が二日の『朝日新聞』で指摘しているところでは、ソ連経済の悪化の背景には@八〇年代後半の石油、金など主要輸出品の国際価格低迷による外貨収入源A八六年のチェルノブイリ原発事故、八八年のアルメニア地震など大災害に伴う多額の出費B膨大な軍事支出による民需用投資の圧迫―があるという。
  加えて、職場での飲酒を追放し、労働規律を強化しようと八五年に施行された<節酒令>が密造酒を横行させ、国庫収入を大きく減らした。消費物の不足を埋めるための輸入増加でまた外貨が減少した。
  政府が指針として提出している<市場経済移行基本構想>についても、「(過去)七十年余にわたる計画経済で、市場経済を知る人材も少なくノウハウの蓄積もない」(『朝日新聞』)状態で、構想実現の目算は立っていない。過渡的に食料品を値上げするとの方針だけが先走りして、各地で買いだめ騒ぎが起きたことぐらいが、国民からの反応だ。流通機構の欠陥も残されたままになっている。
  「法制度の改革が進むのに国民の意識改革が追いついてこない」(『プラウダ』編集長)のがソ連の現状らしい。

  ワシントンで行われた米ソ首脳会談で一日、戦略兵器削減交渉(START)基本合意などと並んで、米ソ新通商協定が調印された。
  ソ連政府がリトアニア共和国などのソ連・バルト三国に対する締めつけを緩めない限り、ゴルバチョフ大統領を助ける内容の通商協定は結ぶべきではないとの一部議会筋の主張を押さえ込んで、特にユダヤ系移民の出国制限を緩和する<新出入国法>の制定だけを条件に、ブッシュ大統領は対ソ最恵国待遇供与を約束する協定に署名した。批准されれば、ソ連製品は低関税で米国に輸出されることになる。輸出可能な物品をソ連がどれだけ持っているかは別にして、経済再建に乗り出すソ連に向かって、世界最大の市場が開かれるわけだ。

  『朝日新聞』は、米国政府はいま、「ソ連とうまくやっていくことが米国の国益にかなう。経済的な困難に直面しているソ連をなんとかしなければ」と考えている、と報じている。
  米国から見れば、ゴルバチョフ大統領は<東西関係に歴史的大変化をもたらした人物>だ。新通商協定はゴルバチョフ大統領のこれまでの貢献に対する米国からの贈り物といえよう。

  だが、ソ連国内ではゴルバチョフ大統領への国民の支持が弱まっている。同大統領の下で国民が<生活水準が一時的に下がる>のを我慢してでも経済再建に協力するかどうかは微妙な状勢になってきた。ソ連経済の改革はだれがやるのか―。
  米国政府の思惑はどうであれ、最終的な答えを出すのは、結局、ソ連国民以外にはない。正念場が近づいている。

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