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1990年7月19日

“決戦”投票


  原稿はワープロで書く。日本語をローマ字で打ち込み、漢字・平仮名などに変換する。
  日本語には、主として母音が少ないために、同音“異義”語が多い。ちなみに、いま<i gi>と打って変換してみると、ワープロの画面に最初に出てくるのは、たったいま使用したばかりの「異義」だ。直前に使用した言葉が“記憶”され、真っ先に出てくるようにつくられているからだ。「意義」「異議」がそれにつづいて現れる。いま使用しているワープロには「威儀を正す」の「威儀」は熟語としては登録されていない。
  「威信」の「威」の字、「儀式」の「儀」の字というふうに一字ずつ呼び出して、これを組み合わせて「威儀」の熟語をつくったりもする。ワープロの不便なところだ。
  もう一つやっかいなのは、例えば、「異義」を出したつもりで、「異議」が出たのに気づかずに、文章の先を書いてしまうことがあることだ。不注意が悪いといいえばそれまでだが、キーボードをたたいているときは、手で書くときに感じる「これでよかったかな」という感覚がどうも希薄なのだ。
  同音異義語はワープロ使用者が落ち込みやすい“落とし穴”といえるかもしれない。

  「跡継ぎ」と「後継ぎ」とでも意味が異なる。「跡継ぎ」は家督や名跡を継ぐ者をいい、「後継ぎ」は社長など個人的地位を継ぐ者をいう。
  「委譲」と「移譲」も微妙に意味が違う。「委譲」は上級者が下級者に権限などを譲ることをいい、「移譲」は同等者同士が権限などを譲ることをいう。
  新聞によく出てくる言葉に「ひょうけつ」がある。「評決」は陪審員が裁判内容を評議・採決することで、「表決」は議案に対する可否の意思を表示することだ。また、「票決」は投票によって決定することだ。「表決」と「票決」の区別には今後も頭を悩ませられることがあるかもしれない。
  同音異義語もこの辺りまでくると、「ワープロの打ち間違い」や「不注意」ではすまなくなる。意味の違いを知らずに言葉を選んだと疑われても返す言葉はないことになる。

  共同通信社が出した本に『言葉のハンドブック』というのがある。「日本語・カタカナ語を正しく使うため」に読む本だ。他人に読んでもらう文章を書く人なら、手元に置いておくと重宝する本の一つだ。
  この本の中に「月とスッポン」の説明がある。スッポンは「朱盆」(朱色の円い盆)がなまったもので、「月と朱盆」は本来「似たもの同士」を指して使った言葉だそうだ。
  「月とすっぽん」を『広辞苑』(第三版)でひくと「二つのものの間に非常に差のあることのたとえ」と説明してある。だが、「月」と「すっぽん」では、そもそも比較の対象として馴染まないほどの差が両者間にあって、かえって「差のあることのたとえ」にはならない感じさえする。
  「朱盆」説には説得力がある。
  とはいえ、言葉は時の移ろいとともに変わるものだ。「月とスッポン」はすでに認知された言葉だ。「似たもの同士」の意味に帰すことはもうできない。

  では、「犬も歩けば棒に当たる」はどうだろう。本来は「物事を行う者は、時にはわざわいに遇う」という意味だったが、いまでは「やってみると思わぬ幸いにあうことのたとえ」で使われることの方が多いらしい。いつのまにか、「棒」でなぐられたり「棒」をぶつけられたりすることが「思わぬ幸い」に意味を変えてしまったようだ。

  言葉づかいは難しい。
  最近まで気づかなかった間違いに「“決戦”投票」がある。ペルーのフジモリ氏の関連記事に頻出した言葉だ。だが、これは、『言葉のハンドブック』によれば、正しくは「決選投票」と書くのだそうだ。ここで訂正させていただく。

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